労働政策で考える「働く」のこれからメンバーシップ型の日本での転職―「転職=即戦力」幻想の先へ

欧米とは異なる日本の転職のカタチ

この30年、転職は随分と一般化した。前向きに転職する個人が増え、大企業も中途採用の門戸を拡大してきた。今後、職業寿命の長期化により、人生のどこかのタイミングで転職する個人は、さらに増えていくだろう(『100年キャリア時代、転職を未来への「機会」にするために』参照)。転職環境の整備は、「100年キャリア時代の就業システム」の中心的課題の1つだ。

これまで日本の外部労働市場は、流動性が高い欧米の「ジョブ型」の労働市場の仕組みを模して整備されてきた(詳細は「変容する労働市場下での転職」をご覧になっていただきたい)。欧米の転職環境を輸入するなかで、「転職=即戦力」という見方も普及してきた。

しかし、本当に、「転職=即戦力」なのだろうか。新卒採用との違いを際立たせるために使われてきた、中途採用は即戦力採用であるというとらえ方が、いつしか盲目的な「即戦力幻想」となり、転職環境を整備する妨げになっている面があるのではないだろうか。

というのも、日本の労働市場は、職務をベースに人材活用の仕組みがつくられている欧米の「ジョブ型」とは異なり、人材をベースに業務の仕組みがつくられている「メンバーシップ型」だからだ。内部労働市場が発達してきた日本で、外部労働市場を高度化するには、ジョブ型の労働市場を模倣するだけでなく、メンバーシップ型の日本ならではの転職のカタチをつくることを避けては通れないはずだ。

「ジョブ型」と「メンバーシップ型」

ここで、「ジョブ型」と「メンバーシップ型」について、整理しておきたい。日本的雇用慣行は一般に、終身雇用や年功賃金によって特徴づけられるが、近年では、欧米の「ジョブ型」に対し日本は「メンバーシップ型」という、労働市場や人事管理の特徴でとらえる見方が浸透してきている。これは、労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎氏が提唱したものだ(※) 。
ジョブ型では、仕事と人材の結びつけ方が、組織の仕事を職務(ジョブ)に分解し、職務ごとに求められる技能を有した人材が、その職務を担当する。一方、メンバーシップ型では、組織のメンバーが先にいて、それぞれの能力や意欲によって、組織内での仕事の役割分担を行っていく。簡単にいえば、「仕事に人がつく」ジョブ型、「人に仕事がつく」メンバーシップ型である。

ジョブ型とメンバーシップ型の違い

ジョブ型とメンバーシップ型は、どちらにもよしあしがあり、単純にどちらかが優れているといったものではない。たとえば、職務ごとに必要な技能レベルや賃金水準が示されるジョブ型の労働市場では、スキル形成の目標がわかりやすく、自発的な学びが促進され、転職もしやすい。反面、職務定義書(ジョブ・ディスクリプション)によって、職務ごとの役割が明確になっている分、それを上回る能力や意欲があっても、職務定義書の範囲でしか仕事ができない。

一方、メンバーシップ型では、個人の能力や意欲によって仕事の範囲が変わっていくので、やりがいを得やすい。だが、組織の構成員それぞれの能力や意欲によって、仕事の役割分担が変わるとなると、つまり「全人格的な職務遂行能力」が求められるとなると、外部から組織に加わる転職者が自分の役割を見つけるのは容易ではない。

ここに、メンバーシップ型ならではの、転職の難しさが潜んでいる。

メンバーシップ型ならではの「適応」問題

豊富な経験や能力を有している個人の転職は「即戦力」といわれることが多い。確かに、経験者採用だと、新卒採用のようなゼロからの育成は必要ない。もっといえば、既存社員が有していないスキルや経験をもつ転職者も多い。とはいえ、メンバーシップ型の組織への転職後、全人格的な職務遂行能力を発揮できるようになるには、単に仕事経験の有無を越え、2つの面で「適応」することが求められる。1つには、技能の学び直しであり、もう1つは、人間関係の再構築である。

まず、技能の学び直しについて見ていこう。ジョブ型の労働市場では、企業を移っても通用する「一般的技能」が蓄積されるのに対し、メンバーシップ型の労働市場では、その会社ならではの「企業特殊的技能」が蓄積される傾向が強い。終身雇用の組織に長くいた場合、その傾向はなおさら強まる。

この企業特殊的技能を多く蓄積した個人が、新たにメンバーシップ型の組織に転職すると、次のようなことが起こる。これまでに蓄積した技能を横スライドすることに加え、転職先ならではの企業特殊的技能を新たに習得し、さらには転職前の会社で培った企業特殊的技能を捨て去らなければならない。つまり、転職には、「即戦力」として横スライドしつつ、さらに、新たな「学習」と、不要な知識をあえて封印する「学習棄却(アンラーニング)」がともなうのだ。

実際、筆者らが行った研究プロジェクトでも、「学習棄却(アンラーニング)」をしている転職者のほうが、転職先で活躍する傾向が強い

転職後のアンラーニングと業績貢献
出所:リクルートワークス研究所(2016)「UIターン人材活躍のセオリー」

もう1つ、メンバーシップ型組織への転職で重要なのは、転職先での人間関係の構築だ。ある人材会社のヘッドハンターは、日本企業のこの特徴を次のように説明する。

「外資系では、転職は機械の部品を替えるみたいなもので、歯車を替えて油を差してねじを締めたら、あとは回しておけば大丈夫です。でも、日本でそれをやると、ポロッと取れてしまうんですよ。接ぎ木みたいなもので、元木と接ぎ木がくっつくまでの期間は、どちらかが派手に動いたら、どんな名木にきれいな名木を接ぎ木しようとしても失敗します。外資はスキルだけですが、日本は人間関係的な接着が大事。それに3カ月、6カ月とかかります」

複数の調査研究で、受け入れ企業で上司らのサポートがある転職者のほうが、入社後の適応が進み、活躍することがわかっている。

期待をかけてくれた人
出所:リクルートワークス研究所(2016)「UIターン人材活躍のセオリー」

この結果は、当たり前だと思うかもしれない。しかし、現実には、「転職者=即戦力」だからと、受け入れ組織が本人に任せっぱなしにし、本人もすぐに戦力化しなければというプレッシャーから、周囲にサポートを求めにくくなり、さらには、これまでの経験をただちに発揮しようとして軋轢を生むことが、少なからず起きているのだ。

100年キャリア時代、年をとっても転職できる環境を

転職における「適応」問題は、ポテンシャルが重視される若手の採用よりも、豊富な経験を有している中高年の採用で、顕著に表れやすい。調査データでも、企業が中高年採用を敬遠する理由を見ると、1位の「給与が高いから」の後には、入社後の適応や活躍に対する懸念がずらっと並ぶ。

中高年社員を中途採用したくない理由

item_policy_1712_03_2_120304_6.png出所:人材サービス産業協議会(2013)「中高年ホワイトカラーの中途採用実態調査」

長寿化と高齢化が進展する今後、年をとってから、キャリアチェンジに挑む個人は増えていく。企業のほうも、不確実な事業環境を乗り越えるべく、新規事業に取り組んだり、新たな販売チャネルを開拓したり、ビジネス・プロセス・リエンジニアリングを進めるうえで、既存社員にはないノウハウや経験を有した人材を必要としている。

しかし、日本の労働市場では、構造的に「適応」問題が起こりやすい。それを乗り越え、中高年が円滑に転職できる環境を整備していく必要がある。

かつて、転職は当たり前のことではなかった。だからこそ、「転職=即戦力」という、新卒採用との差別化が重要だった。そして、転職は当たり前になった。転職が普及する過程で、欧米のジョブ型の仕組みに倣い、労働市場の需給調整機能を整備し、個人の専門性を評価し、求人(ジョブ)と結びつけるやり方も普及してきた。

ここからさらに、労働市場を発展させるには、メンバーシップ型の日本の労働市場ならではの打ち手が必要になる。転職後のアンラーニングの促進は、典型的なその1つだ。ほかにも、副業・兼業を通じて次第に新たな仕事に移っていくやり方や、グループ企業内や取引先への転職を増やしていくことも考えられる。
「転職=即戦力」。これを、幻想ではなく、現実のものにしていくために。100年キャリア時代、労働政策においては、個人・企業双方に対して、円滑な転職を支える施策の拡充が求められている。

※濱口桂一郎(2013)『若者と労働 「入社」の仕組みから解きほぐす』などに詳しい。

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中村天江(文責)
大嶋寧子
古屋星斗

次回 「企業の人材投資と転職増は両立するか」 12/21公開