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学べる機会とワンランク上の仕事がもたらすもの 孫亜文

毎朝乗る電車では、単語帳をめくる学生とともに小難しい専門書を熱心に読むスーツ姿の人々をよくみかける。私たちは幼いころから学ぶということをしてきた。それは学校を卒業し、働き始めてもとまらない。働く人々にとって、仕事のために学び続けることは、まるで付いて回る影のようなものである。

働く人々が仕事のために学ぶ場面とは、仕事を通じて学ぶOJT、仕事から離れワークショップなどに参加して学ぶOff-JT、そして自主的に学ぶ自己啓発の3つがある。OJTとOff-JTは主に企業先導で行われ、自己啓発は働く人々が積極的に行うという特徴がある。近年、この自主的に学ぶ自己啓発が特に注目されてきた。

働く人々が仕事のために自ら学ぶ理由とはなにか。たとえば、仕事で必要なスキルを身に付けたい、昇進のために新たな資格を取得したい、など今の仕事でのスキルアップがあるだろう。もしくは、今の仕事に満足していないので、新たな知識を身に付けて転職したい場合もあるだろう。しかし、仕事満足度と自己啓発実施割合の関係をみると、実は仕事満足度が高い人たちの方が自己啓発を行っていた割合は高い(注1)。仕事のために自ら学ぶ人々とは、今の仕事への不満から転職を考えている人たちというよりも、今の仕事に満足し、その仕事でさらなる高みを目指している人たちといえよう。

このような人たちの自己啓発は、彼ら自身だけではなく企業にとってもメリットになる。新たなスキルを身に付ければ、その分仕事の幅が広がり、質を高めることができる。そのような優秀な人材を育成するために、仮に企業が盛んにOJTやOff-JTを行ったとしよう。そこで身に付けられる知識やスキルにはある程度の限界がある。また、OJTやOff-JTは盛んに行えば行うほどコスト面での負担も大きい。もし従業員が自主的に学び、さまざまな知識やスキルを率先して身に付けていけば、企業にとっては企業内の人材育成だけでは育てられなかったような優秀な人材を育てることができるだろう。自己啓発の促進とは、低コストで優秀な人材を育成する効率的な手段のひとつだといえる。

それでは、自己啓発を促進するために企業が行えることとはなにか。ここでは、「全国就業実態パネル調査」を用いて、詳しくみていきたい。

まず、自己啓発を行うためには時間が必要になる。しかし、労働時間が長ければ学ぶ時間を捻出することは難しくなる。働き方改革で推進されている長時間労働の是正は、仕事と家庭の両立を実現させるだけではなく、この自主的に学ぶ機会を与えるという点でも期待できる政策といえるだろう。では、実際に長時間労働はどれぐらい自己啓発の実施を妨げているのか。図表1は、30代から50代までの男性正規雇用者について、週労働時間別に自己啓発の実施割合を示したものである(注2)。

図1  週労働時間別の自己啓発の実施割合

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図では、週あたり法定労働時間40時間を超えると、自己啓発の実施割合は一旦増えるものの、残業時間が長くなるにつれて徐々に減少していくことがわかる。これは、長時間労働が自己啓発を妨げる一因である可能性を表している。

では、労働時間を増やさないために、たとえば仕事内容を単純化すれば、自ら学ぶ人は増えるのだろうか。図2をみていただきたい。ここでは、1年前と比べたときの仕事レベルの変化別に自己啓発の実施割合をみている。1年前よりも大幅もしくは少し仕事がレベルアップしたと感じた人では、約4割の人が自己啓発を行っている。一方、レベルがダウンした、もしくは変わらないと回答した人では、自己啓発を行った割合は2割にも満たない。どうやら仕事レベルの上昇と自己啓発の実施には強い関係性があるようだ。もしかしたら、仕事のレベルがあがると、必要な知識やスキルが増え、それを補うために自主的に学ぶようになるのかもしれない。

図2  1年前と比べたときの仕事のレベル変化と自己啓発の実施割合 (注3
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働く人々にとって、学ぶための時間は重要である。しかし、仕事内容が簡易化していては意味がない。企業内で自己啓発を促進するのであれば、労働時間を増やさずに仕事レベルをあげる、それを目指してはどうだろうか。たとえば、仕事内容を整理し、優先順位をつけ、かける時間を決めることで無駄を省く。目的・背景・達成基準をきちんと伝えた上で仕事を与え、定期的に進捗状況を把握する。そして、最初の指導を怠らず、効率の良い仕事のやり方をその都度教える。そうすれば、労働時間を増やさずにワンランク上の仕事を与える余裕が生まれるだろう。そこから自然と学ぶ人々が増え、人材が育ち、ひいては社会全体の活性化につながりうる。

私たちが学び続けられるのは、学べる機会があり、そして学ぼうと思える仕事があるからなのかもしれない。

 

注1 「全国就業実態パネル調査」で、「仕事そのものに満足していた」に対して「あてはまる」もしくは「どちらかというとあてはまる」を回答した30代から50代の男性正規雇用者のうち約3~4割が自己啓発を行っている。一方、「あてはまらない」もしくは「どちらかというとあてはまらない」を回答した人では約2割の人しか自己啓発を行っていない。

注2 自己啓発の実施とは、「自分の意思で、仕事にかかわる知識や技術の向上のための取り組み(例えば、学校に通う、講座を受講する、自分で勉強する、など、をしましたか」に対して、「行った」と「行わなかった」で回答してもらった。

注3 「あなたの担当している仕事は前年と比べてレベルアップしましたか」に対して、「大幅にレベルアップした」から「大幅にレベルダウンした」までの5段階と「前年は働いていなかった」で回答してもらった。図表2は前年に働いた人についてのみの結果であり、図表1同様30代から50代までの男性正規雇用者に限定した結果である。

 

孫亜文(リクルートワークス研究所 アシスタントリサーチャー)

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本コラムの内容や意見は、全て執筆者の個人的見解であり、所属する組織およびリクルートワークス研究所の見解を示すものではありません。

2016年12月22日