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夫の転勤による妻の無業化について 太田聰一

これまで日本企業に勤務する正社員にとって、会社による転勤命令は当然あるべきものとして受け止められてきた。しかし、最近になって、転勤によって生じる問題が社会的に大きくクローズアップされるようになっている。転勤の基本的な問題は、転勤を命ぜられた労働者とその家族の生活に著しい不利益が生じる場合がある点だ。まず、本人にとっては新しい職場で人間関係を築かねばならないことに加えて、新しい地域に順応する必要があるためにストレスが生じやすい。就学期の子どもがいる場合には転校先も考えねばならない。

それだけではない。家族が仕事を持っていた場合には、その仕事をどうするかという問題も生じる。例えば、妻が就業していた場合には、夫の転勤についていくために、それまで勤務してきた会社を辞めざるを得なくなることがある。仮に、転居先で新しく仕事を見つけることができなければ、夫の転勤は妻の就業にマイナスの影響を与えることになる。それは、大きな人的資源のロスとなりかねない。

そこで、リクルートワークス研究所による「全国就業実態パネル調査」(2016)を用いて、夫の転勤によって会社を辞めた妻のその後の就業状態を調べた。まず、既婚女性で2011年から2015年までに前の勤務先を辞めた人に焦点を当て、そのなかで夫の転勤が離職理由になっている人を数えた。実は、本調査の離職理由の選択肢には「夫の転勤」は含まれていない。しかし、離職理由が「その他」の場合には具体的な理由の記載(記述式)があるので、それを分類することでおおよその傾向を把握することができる。ここでは、明確に夫の転勤が主な理由になっているケース、「家族の転勤」という形で夫とは限らない家族の転勤を主な理由としているケース、さらに「配偶者の転職・引越し」という形の転勤とは限らない移動を主な理由にしているケースの3つに分けてみた。

結果は表1に示している。既婚女性の前職離職理由に占める「夫の転勤」のシェアは1.4%だった。「家族の転勤」「配偶者の転職・引越し」を含めても1.7%と、それほど大きなシェアを占めているとは言えない。しかし、復元倍率を用いて実数を推計すれば約10万人、年に換算すると約2万人の既婚女性が夫の転勤に伴って仕事を失っていることになるので、決して無視しうる規模ではない。しかも、「その他」の離職理由を選んだものの具体的な理由を記載していない人の中には夫の転職のために離職した人が含まれている可能性があるので、実際の人数はこれより多くてもおかしくはない。

表1 前職の退職理由(既婚女性、直近5年以内退職経験者)
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離職後の現在の就業状況はどうであろうか? 表2は、現在の就業状況を表しているが、約半数が仕事を持っていない。またそのなかでは、職探しも行っておらず、非労働力化している人が圧倒的に多い。新たに仕事についている人も、そのうちの8割は非正規雇用者となっている。よって、夫の転勤に伴って生じた離職によって、妻のその後の就労は阻害されていると見ていいだろう。

表2 現在の就業状況
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ただし、こうした離職後の非就業や非正規化は、既婚女性の離職者にとって共通した傾向と言えるかもしれない。そこで、夫の転勤による離職は他の離職理由に比べてどのくらい妻の就業を阻害しているのかを調べることにした。具体的には、現在無業のときに1、就業している場合には0をとる被説明変数を、離職理由ダミー変数で説明し、その限界効果を測定した。その際には、年齢や学歴、子どもの有無といった変数をコントロールする。

推定された限界効果、すなわち離職理由別の無業確率を図1に示している。ここでは「賃金への不満」に比べて他の離職理由が無業確率をどの程度高めるかが示されている。例えば、最も数値が高い離職理由は「結婚」であり、これは「賃金への不満」に比べて無業確率を46.8%も高める。それに続くのは「妊娠・出産」(45.3%)、「自分の身体的なけがや病気」(41.9%)となっている。ここで注目している「夫の転勤」は34.6%であり、「育児・子育て」(31.1%)よりも高い6位となっている。すなわち、夫の転勤に伴う離職は、女性の長期の無業化をもたらすとされる他のライフイベントに匹敵する高い無業化リスクを伴うことが判明した。ちなみに、こうした原因は必ずしも夫の転勤に伴って就業機会の乏しい地域に移動するためではない。というのも、推定において調査時点の居住地をコントロールしてもしなくてもそれほど数値が変化しないからだ。

図1 離職理由による無業化傾向の違い(対「賃金への不満」)

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もう一点の注目すべきポイントは、前の勤務先の離職理由が「夫の転勤」である女性は、平均的に学歴水準が高いということだ。図2に、前職離職理由が「夫の転勤」であるサンプルとそれ以外のサンプルの学歴構成を示している。「夫の転勤」が前職離職理由の妻のうち29.8%が大学あるいは大学院卒業者であるが、それ以外の離職理由の妻の場合には16.2%で、統計的にも有意な差が存在する。ひとつの可能性としては、比較的学歴の高い夫が転勤を伴う仕事をしており、その妻の学歴も高くなっていることが考えられる。そうであれば、夫の転勤による妻の無業化は、学歴水準の高い妻の労働供給を阻害しているという意味において、本人のみならず社会全体でもロスが大きいと言えるだろう。

もちろん、夫の転勤に際して妻が共に移動しない、すなわち単身赴任を選択するケースも少なくないので、夫の転勤がいつでも妻の無業化をもたらすとは限らない。しかし、単身赴任も家族形成やワーク・ライフ・バランスの観点からは、必ずしも望ましいものではない。女性雇用者の職場への定着が進む中、従来の転勤制度は命ぜられた本人とその家族にとってコストの高いものになりつつある。日本企業がそうした問題にどのように対処していくのか、大いに注目される。

図2 離職理由別の学歴構成

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太田聰一(慶應義塾大学経済学部教授)

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・本コラムの内容や意見は、全て執筆者の個人的見解であり、所属する組織およびリクルートワークス研究所の見解を示すものではありません。

 

 

2017年03月15日