Column

2016年から機械学習自動化プラットフォーム「DataRobot」の販売を開始した新日鉄住金ソリューションズ。国内金融機関で初めてマーケティング・与信管理業務などにおいて「DataRobot」を導入した、三井住友カードの事例でご存じの方も多いだろう。これは、世界的なデジタルイノベーション時代が到来している中で、日本にとって大きな革新のひとつといえる。そこで今回は、新日鉄住金ソリューションズ 代表取締役社長 謝敷宗敬氏、そして同社 技術本部 システム研究開発センター 所長の齋藤聡氏にインタビューを実施。デジタルイノベーションに対する具体的な取り組みや考え方などを伺った。

聞き手:リクルートワークス研究所 副所長 中尾隆一郎

 

「DataRobot」でマーケティング・与信管理業務の生産性を飛躍的に向上

中尾隆一郎(以下、中尾):
謝敷さんは、常に新しいものに取り組み続けているビジネスパーソンとして知られています。現在、社長をされている新日鉄住金ソリューションズは、1980年代に新日本製鉄(現・新日鉄住金)が当時全く新しい領域であったIT分野へ事業進出したことで産声をあげ、これまで、さまざまな業界のシステムに挑み続けています。1990年代には、製鉄プロセスで扱う熱伝導方程式と金融工学のブラック-ショールズ方程式の類似性を見出し国内初の金融デリバティブシステムを構築したり、製鉄以外の製造業向け生産管理システム(ERP/SCM/PLM)において業界トップベンダーのポジションを築きあげました。また、2000年代にはクラウドという言葉が生まれる前から技術検証に取り組み業界に先駆けてクラウドサービスを提供開始するなど、これまでの実績は華々しいものがあります。現在でも新日鉄住金ソリューションズは、新しいことに取り組み続けているそうですね。

新日鉄住金ソリューションズ 代表取締役社長の謝敷宗敬氏

謝敷宗敬氏(以下、謝敷):
最近の具体的な取り組みとしては、みなとみらいにあるシステム研究開発センター(以下、シス研)内に、「コラボレーティブ・デジタルイノベーション・センター(CdIC)」というコンセプトのもと立ち上げられた、お客様との共創の場が挙げられます。このCdICの最初の取組みとして「AI研究開発センター」をシス研内に設置しました。ここでは、AIの活用に関する課題や知識を各社で持ち寄り、より広い視点から日本の役に立つようなアウトプットを一緒に考えていこう、という場であり、コンセプト自体を示すワードでもあります。

中尾:そうした共創に関する取り組みの中で生まれたのが、機械学習自動化プラットフォーム「DataRobot」を導入された三井住友カード様の事例でしょうか。

謝敷:そうですね。弊社では2016年7月より、マーケティング・与信管理業務などにおいて、DataRobot社が提供する機械学習自動化プラットフォーム「DataRobot」を用いたAI・機械学習の活用を開始しました。すでに20社近いお客様との契約がありますが、三井住友カード様の事例では「DataRobot」の導入により、顧客セグメンテーションや与信管理業務に活用する予測モデルの大幅な精度向上、従来のデータ分析からは導けなかった新しい知見の取得、数カ月の期間を要していたデータ分析作業が数日から1週間程度で完了する生産性の飛躍的な向上を実現できました。

「コラボレーティブ・デジタルイノベーション・センター(CdIC)」の概念図

 

コラボレーションによる問題解決の重要性を再確認

中尾:こうしたAIや機械学習の需要は、日本でもかなり大きなものでしょうか。

謝敷:DataRobot社から見ても、日本における普及の早さは想像以上だったようです。日本企業には、もともとかなりの量のデータが蓄積されています。AIや機械学習は前提となるデータがなければ成果が得られませんが、日本には長期にわたる精度の高いデータが保存されているケースも多く、データサイエンティストの方々もこれまでさまざまな知見を蓄積されているのでDataRobotを活用する素養が十二分にあり、導入が加速しているのでしょう。AIや機械学習が普及すれば、さらにデータ統合などのニーズが生まれ、新しいビジネスが広がっていきます。

中尾:確かに「DataRobot」を導入するだけでなく、システムを従来のオンプレミス環境からクラウド上へ移管する、といった需要も見込めますね。 AI研究開発センターには、現時点でAIや機械学習に関する問い合わせがかなり多く寄せられているんでしょうか?

齋藤聡氏(以下、齋藤):

新日鉄住金ソリューションズ 技術本部 システム研究開発センター 所長の齋藤聡氏

AIや機械学習関連でのご相談、特に「何ができるのか?」「試してみたい」というお問い合わせが多いですね。もともと弊社のAIや機械学習関連の研究開発は親会社である新日鉄住金と共に進めているものも多く、実務・現場に近い部分で、技術適用・課題解決を手掛けてきました。なので、お客様からのご要望に対しても、単純に技術シーズをご提案、ご提供して終わりではなく、実際に使っていただいた上でどれくらいの効果が見られ、その先になにを望まれているか、という部分まで考えるようにしています。まさに、課題解決をご一緒させていただく、共創させていただく、というCdICの根底に流れる考え方です。三井住友カード様との取り組みも、その事例のひとつといえます。

謝敷:もともとAIに限らず、たとえば10年以上前にグリッドコンピューティング(クラウドへの源流)が流行した頃のシステムアーキテクチャやサイジング問題など、弊社では昔からお客様と一緒にコラボレーションしながら問題解決を図ってきました。現在では、問題解決の手段がAIや機械学習といったテーマにニーズが集まっている、といった感じですね。

齋藤:AIに関してシス研では、「第二次AIブーム」といわれる1980年代から研究開発をスタートしていました。最近のテーマとしてはAIや機械学習、ディープラーニング、最適化などが多くなっています。最適化は物流や製造計画に関連する業務が中心ですが、変わったところではJリーグの対戦カード決定などにも効果を発揮しています。こちらはシーズンオフの間に公平性を重視したさまざまな条件、たとえばホーム・アウェイなどの適切な分散など、複雑な要素を加味して最適な対戦カードの候補を最適化技術で求めるものです。ここ数年では最適化と機械学習を組み合わせ、対戦カードの決定に加えてその結果で入場者数がどのように変化するのかを予測する仕組みを開発しました。。今後、入場者数の最大化を図るといった取り組み決定などへの利用に期待されています。この事例も、お客様と目下の課題、将来への展望を共有した事例といえますね。

 

日本の10年分に相当する研究開発が世界では1年に短縮

中尾:世界的なデジタルイノベーション時代の到来と、その遷移についてはどのようにお考えですか?

左から、新日鉄住金ソリューションズ 齋藤氏、同社 謝敷氏、リクルートワークス研究所中尾

謝敷:2016年12月に欧州委員会が発表した「EU R&D Scoreboard 2016」によると、世界にはR&D投資額が1兆円を超える企業が数多くあります。一方で日本は、上位100社中に16社がランクインしているものの、1社あたりの投資額はそこまで多くありません。この投資額の差は、そのまま研究開発のスピードに直結します。単純計算すると、投資額が1000億円の日本企業に対して、1兆円の企業では10年分に相当する研究開発成果を1年で上げられるわけです。日本人が「10年後に完成するだろう」と予想している技術が、世界的に見ると翌年には完成していてもおかしくないという現実は、日本企業にとって大きな問題といえるでしょう。

また、R&D投資額をセクター別で見ると、IT関連セクターがその他のセクターと比べて金額・伸び率ともに高く、3年間で60%増の25兆円近くに達しています。こうしたIT関連セクターの技術革新はIT分野のみならず、製薬/バイオ・自動車・金融など利益の大きな市場へと向かい、各業界に劇的な変化をもたらすわけです。このように、IT分野における技術革新は巨額のR&D投資を背景にますます加速し、デジタルイノベーションという形で各業界の生産性を向上させ、時には業界構造を破壊的に変えるインパクトも持っています。

 

ITと人の協業による生産性向上、ITを活用した全体最適化の必要性が増加

中尾:世界と日本で大きく異なるデジタルイノベーションのスピードが、さまざまな業界に影響を及ぼすわけですね。よく、ITが人の仕事を奪うといわれますが、失業率の関係についてはどのようにお考えですか?

謝敷:一部には、ITの導入によって失業率が高まるという意見もありますが、日本は少子化で人口が減っていくので、ITと失業が唯一ぶつからない国だと考えています。日本はこれからさらなる人口減社会へと突入する中、むしろITを活用した働き方改革によってシニアと女性の労働力を高めながら、労働力人口の減少を低減する必要があるわけです。

また、日本企業はこれまで付帯業務を分社化する機能分社によって、生産性向上を図ってきました。実際に弊社も、新日鉄住金グループのシステムインテグレーターとして1980年代に設立されましたが、設立から30年が経過した現在、根幹となる鉄造りの思想や業務を知らないという人が出てきているのは課題といえます。仕事の全体像を知るベテランの引退と、採用難による若手社員の減少が相まって技能伝承が滞ってしまう状況は、今後多くの企業で問題になるでしょう。こうした点から、ITと人の協業による生産性向上と、ITを活用した全体最適化がより必要になってくるのです。

そしてもうひとつ、人が行う作業では“EFBN(Error:間違い、Fraud:ごかまし、Breach:漏洩、Neglect:さぼり)”のリスクを完全に排除することができません。そこで、プロセスに関してはPA(Process Automation)で製造ラインや業務ラインでのデータ収集や帳票作成など定型業務自動化を実施し、こうして収集された情報をベースに、インテリジェンスに関してはAIで人の判断を支援することで、品質と生産性の向上を促します。これが、弊社が考える人とITのコラボレーションです。

 

ワールドワイドでの競争力強化にはコラボレーションが必要不可欠

中尾:それでは最後に、今後の展開についてお聞かせください。

新日鉄住金ソリューションズが目指す事業モデルの持続的な変革

謝敷:デジタルイノベーションの時代を迎えるにあたり、弊社では事業モデルの持続的な変革を進めています。この変革は、まず従来のSIモデルを「NSSOL 1.0」と呼び、さらなる強化を図りつつも、お客様の事業を共に発展させるITパートナーモデル「NSSOL 2.0」、そしてスマートファクトリー、スマートプロダクトといった新しい領域である「NSSOL 4.0」という事業モデルの展開を推進していくものです。

デジタルイノベーションが加速し、特に最近では業務に近い部分でイノベーションが起こるようになりました。このような時代において、ワールドワイドでの競争力をつけていくには、企業同士で互いに問題を解決しあうコラボレーションが必要不可欠といえます。そこで弊社では、こうした取り組みによってお客様とのリレーションを深めながら、今後も領域の拡大とコラボレーションの促進を図っていく予定です。

中尾:ありがとうございました。

 

【今回の事例からの学び】
本当のオープンイノベーションを実現するためには、3つの壁を越える必要があります。
それは、(1)社内の壁、(2)ネットワークの量の壁、(3)ネットワークの質の壁です。
今回の事例からの学びは、コラボレーティブ・デジタルイノベーション・センター(CdIC)という場が、会社間の壁を越えてオープンイノベーションを促進する場になろうとしているということです。
本文にあるように、同社はメーカーのシステム部門として設立され30年が経ちました。この間にメーカー、システム部門とも独自の進化を遂げ、結果として業務全体像を把握している従業員の減少が課題となっています。これは同社グループに限ったことではありません。課題解決の方法として、人を支えるITプラットフォームをベースとした「ITと人の協業による生産性向上」と「ITを活用した全体最適化」が必要となってきます。その実験や試行錯誤の場所としてCdICを位置づけているわけです。このCdICが従来のITパートナーモデルといった役割分担、価値共創モデルから、さらに進化したデジタルイノベーションモデルになれるのかが、ポイントですね。今後のCdICの進化がとても楽しみです。

リクルートワークス研究所 中尾隆一郎

 


プロフィール

謝敷 宗敬(しゃしき・むねたか)

謝敷 宗敬(しゃしき・むねたか)
1977年、東京大学経済学部を卒業後、新日本製鐵株式会社に入社。1987年、コーネル大学経営管理学修士課程修了(MBA)。新日鉄住金ソリューションズでは、金融ソリューション第一事業部長、取締役企画部長、総務部長などを歴任。2012年から現職

 

齋藤 聡(さいとう・たかし)齋藤 聡(さいとう・たかし)
1991年、東北大学工学部大学院を卒業後、新日本製鐵株式会社に入社。入社後は,主にインターネット創成期から関連業務(B2Cシステム開発を含む)に携わる。新日鉄住金ソリューションズでは、ITサービスエンジニアリング事業部長を経て、2017年から現職。

2017年12月15日