Column

夜間バッチ処理の廃止や全社内システムのクラウド化、サーバレスアーキテクチャーの採用など、ITに関して先進的な取り組みを実施している東急ハンズ。こうした大胆な改革を牽引してきたのが、東急ハンズ執行役員オムニチャネル推進部長 兼 ハンズラボ代表取締役社長の長谷川秀樹氏だ。どうすればエンタープライズ系エンジニアがもっと元気になるのか?という悩みの答えを探し、IT業界のさまざまな人と酒を酌み交わしながら語り合う連載「長谷川秀樹のIT酒場放浪記」の更新を毎回楽しみにしている方も多いのではないだろうか。そこで今回は、オープンイノベーションに関しても独自の見解を持つ同氏に、その考え方や具体的な取り組みなどを伺った。

聞き手:リクルートワークス研究所 副所長 中尾隆一郎
リクルートジョブズ 執行役員 商品本部 本部長 仲川薫

これまでの常識を覆す夜間バッチ処理の廃止

中尾隆一郎(以下、中尾):
夜間バッチ処理を廃止されるという話を聞いた時はかなり衝撃的でしたが、それはどのような発想から実現に至ったんですか?

東急ハンズ 執行役員 オムニチャネル推進部長 兼 ハンズラボ 代表取締役社長の長谷川秀樹氏

長谷川秀樹氏(以下、長谷川):
そもそも夜間バッチ処理が必要となった背景として、昔はコンピュータのリソースが非力かつ高額で、日中にバッチ処理を並行稼働するとオンラインで使用しているサーバのレスポンスが極端に遅くなる、といった状況がありました。そこで、夜間にバッチ処理を行うしかなかったわけですね。しかし現在は、当時と比べて数百~数千倍のコンピュータリソースが安価に使えるようになっています。
一方で、一般的な業務システムのデータ量はそこまで増加していません。つまり、コンピュータリソースに余裕があるはずなんですよ。2012年当時に導入を予定していたAWS(アマゾンウェブサービス)ならリソースも十分ですし、なおかつ従量制なので夜間バッチ処理を止めた方がお得になります。そこで“やってみよう”となったわけです。

そしてもうひとつ、「出社したらバッチ処理が途中で止まっていた」なんて経験はありませんか? あれは情報システム側もユーザー側も一番嫌なんですよね。夜中に止まったら再稼働させなければいけませんし。そもそもこの時代に、仕事を任せたコンピュータを24時間365日体制で見守る人間が必要、というのがナンセンスではないかと。そこで“絶対に落ちないバッチ”ができないのならば、いっそのこと夜間バッチ処理自体をやめてしまおうというわけです。店舗が22時閉店なら、22時半頃までに翌日の売価や発注などのコンピュータ処理を全部終えて、電気を消すようにサーバも落として帰るようなイメージですね。

中尾:とはいえ夜間バッチ処理をやめるにあたり、現場視点で特に抵抗はなかったんですか?

左から、リクルートワークス研究所 中尾、リクルートジョブズ 仲川、ハンズラボ 長谷川氏

長谷川:出社すると落ちていることもなくなるので、逆に現場は夜間バッチ処理の廃止に大賛成でしたよ。現場にとって一番重要なのはPOSレジに飛ばす売価です。出社して「今日からセールなのにレジの売価がセール価格になっていない!」という事態に陥らないよう、前日にすべて処理できるようにすると説明したら、むしろ「早くやってくれ!」と。でもバッチ自体がなくなるわけではないし、かなりの大改造が必要になりますから、エンジニアからすると「なんてことを言うんだ」と思ったでしょうね(笑)。
WindowsやLinux以外のOSで動いている大きな基幹システムがあるため、AWSへの移行についてもベンダーによる従来システムの完全コピーではなく、自社開発でリライトを行いました。このリライトは今年9月に全面完了予定で、優先順位の高いものから夜間バッチ処理の廃止に取り組んでいます。

 

チャレンジした結果の失敗なら謝ればいい

中尾:現場の方々からデメリットなどを懸念される声はなかったんでしょうか?

長谷川:多分私って、他の人と比べて社内への説明が相当少ないんですよ(笑)。おそらくこうした場合、事前にしっかりとドキュメントを作り、詳細まで上司に報告して会議にかける、というのが一般的な日本企業の常識だと思います。でも私は、必要なポイントだけに絞り込んで説明するんです。

あとは説明する際、皆さんは必要以上にリスクを語り過ぎるように感じますね。システムのことを知らない上司や役員は、当然ながらリスクの有無を確認してくるでしょう。そこで現実的にはほぼあり得ない、極めて可能性が低いリスクまで並べ立ててしまっては、上司も「もう少し検討してから」と答えるしかないはずです。これでは意見を“通したい”のか“通したくない”のか分からないですよ。本気で通したいのなら、もう少しニュアンスを変えて伝えても良いと思うんです。

たとえば夜間バッチ処理の廃止では、POSレジに飛ばす売価が最重要項目です。でも極端に言えばそれ以外の要素として、発注が少しくらい止まってもクリティカルな事態に陥ることはありません。そこでリスクばかり出していては、肝心のメリットまでぼやけてしまうので、そこは「私たちがなんとかします!」で構わないんです。
会社が傾くほどの損失になると話は別ですが、不具合程度の失敗なら謝ればいいじゃないですか。失敗を恐れてチャレンジしないよりも、チャレンジした結果の方が遥かに大切です。私もこれまでシステムの不具合が起きるたびに謝り続けてきましたし、むしろ「長谷川は言い出したら止まらない」くらいに思ってもらった方がいいんです(笑)。

仲川薫(以下、仲川):そうした関係が成り立つのは、やはり相手に対する信頼があればこそだと思うんですが、深い信頼関係を築くためのアドバイスなどはありますか?

長谷川:信頼にもいろいろあると思いますが、大切なのは毎日必ず挨拶をする、くだらない話でも直接顔を合わせて話す、といったことでしょうか。これを繰り返していれば、よっぽど難しい案件でない限り大体話は通りますね。案件に対するイメージは、誰が持ってきたものか、そして話の切り出し方などで大きく変わります。しかも私の場合は中途採用だったので、「なんだあいつ」と思われて当然なわけです。だから当時はコミュニケーションをかなり意識して、1日1回は必ず自分の部署全員に声をかけていましたよ。

 

今まで常識であった夜間のバッジ処理を止めたことで、従量課金制のAWSの恩恵を最大限に享受し、システム部門も現場もメリットを得ることに成功しました。
後編では、その長谷川さんが、どのように3つの壁を越えて本当のオープンイノベーションに取り組まれているのかが分かります。

>>後編に続く

 


プロフィール
東急ハンズ 執行役員 オムニチャネル推進部長 兼 ハンズラボ
代表取締役社長 長谷川秀樹氏

1994年、アクセンチュア株式会社に入社後、国内外の小売業の業務改革、コスト削減、マーケティング支援などに従事。2008年に株式会社東急ハンズへ入社し、情報システム部門、物流部門、通販事業の責任者として改革を実施する。デジタルマーケティング領域では、Twitter、Facebook、コレカモネットなどソーシャルメディアを推進。その後、オムニチャネル推進の責任者となり、東急ハンズアプリでは次世代のお買い物体験への変革を推進している。そして2011年、同社の執行役員に昇進。2013年にはハンズラボ株式会社(クラウドをフル活用したITソリューションプロバイダー)を立ち上げ、代表取締役社長に就任(東急ハンズの執行役員と兼任)。小売業・流通業向けのソリューションを提供している。

2017年09月08日