Column

世界No.1の空調メーカーとして知られるダイキン工業。2017年11月に公表された今期業績計画では、売上が2兆2700億円(前年比11%増)、経常利益が2490億円(同8%増)と、さらなる成長を遂げている。その背景にあるのが、従業員一人ひとりが能力を最大限に発揮できる環境づくりに努める「人を基軸におく経営」、そして技術開発拠点「テクノロジー・イノベーションセンター(以下、TIC)」に社内外の英知を集めて新たな価値を作り上げる「協創」への挑戦だ。そこで今回は、ダイキン工業 TIC 副センター長の河原克己氏にインタビューを実施。オープンイノベーションに関する考え方や具体的な取り組みなどを伺った。

聞き手:リクルートワークス研究所 副所長 中尾隆一郎

 

「協創」にこだわったオープンイノベーション

中尾隆一郎(以下、中尾):
2015年11月に、これまで3カ所に分かれていた国内の開発拠点を統合し、新たな技術開発拠点としてTICを設立されました。まず、設立経緯や役割について教えてください。

河原克己氏(以下、河原):
近年、オープンイノベーションを標榜する企業が増えています。しかし、実際には従来と同じくR&Dや単なる“流行のひとつ”になってしまっているケースも散見されます。確かに、オープンイノベーションの狭義の解釈は技術シーズの外部調達ですが、これでは技術購買や開発購買と変わりません。

河原克己氏ダイキン工業 TIC 副センター長の河原克己氏

一方で、弊社のオープンイノベーションは、本来の意味である「協創」をテーマとしています。外部組織と一緒に取り組むからこそ新しい価値が創出できる、という部分を重視し、「協創」を進めています。

こうした社内外を問わない協力体制は、1994年に4代目の代表取締役に就任し、現在、取締役会長 兼 グローバルグループ代表執行役員を務める井上礼之の「人を基軸におく経営」という考えがベースとなっています。これは、単純に自社プロパー従業員を大切にするというだけではありません。たとえば、M&Aで技術領域を拡大する場合も、新しくグループに仲間入りした企業の従業員を大切な同志として手厚く迎えたり、常にお客さまやパートナー企業のことを考えたりと、あらゆる面で「人」を尊重する経営を貫いてきました。そもそも、すべて社内で完結できると思っていない、というのも重要です。井上からは常々「ダイキンファンを増やそう」「社外の力を借りよう」と言われています。

こうした背景から、TICの発案時にも自然な流れで「世界中の技術と知恵を糾合する」というコンセプトが決まりました。研究者が研究室にこもって研究するだけの施設ではなく、オープンイノベーションセンターとして世界中の研究者に訪れてもらい、一緒に語り合いながら新しいイノベーションを生み出していく、といったイメージを目指しています。

中尾:大阪府摂津市は、私の生まれ故郷なのですが、場所についてはどのように決められたんですか?

新たな技術開発拠点として2015年11月に設立されたTIC

河原:TICがある淀川製作所は、本社に一番近い工場であると同時に、日本の各拠点のほぼ中央に位置しており、アクセスしやすいエリアといえます。また、堺製作所 金岡工場が業務用エアコン事業、滋賀製作所がルームエアコン事業といった単独事業中心の工場であるのに対して、淀川製作所はもともと大型空調事業、化学事業、油圧機器事業、特機事業など複数事業を担当する工場なので、コラボレーションを生み出す風土として最適だと判断しました。

中尾:海外にも新しい技術拠点を作られているそうですね?

空調機の室内機と室外機の電磁ノイズを稼働状態で個別に測定できる、日本初の空調機用電波暗室

河原:もともとシリコンバレーのサンノゼに5名ほどが駐在しているオフィスがあったんですが、AIやIoTなどの情報通信技術を加速させるべく、「シリコンバレー・テクノロジーオフィス」として100名体制の拠点に強化する企画を進めています。
弊社はあくまでも空調とフッ素化学の専業メーカーなので、将来的にソリューションビジネスやプラットフォームビジネスなどへの事業領域拡大を考えると、弊社が持っていない技術領域が必要になります。たとえば、情報通信技術はもちろん、生理量センシングの技術や、健康増進のアルゴリズムを検討するためのライフサイエンス技術なども求められるでしょう。

 

産学連携で足りない技術領域をカバー

中尾:そのような新技術領域を、さまざまな産学連携で補っておられますよね。

河原:そうですね。2013年6月には、京都大学と組織対応型包括連携協定を締結しました。ここで設置した「DK(ダイキン、京都大学)イノベーションプログラム」では、弊社が従来から取り組んできた「空間(空気、環境)とエネルギー」分野における10年後、20年後の世界を見据え、新しい社会的価値を生むテーマ創出および共同研究などを行ってきました。社会や経済に寄与するイノベーション創出に向けて、現在は知的生産性の向上や、きれいな空気を作るサービスソリューション開発などを目指しています。

また、ライフサイエンスの分野では、理化学研究所と連携して、2016年10月に「理研-ダイキン工業健康空間連携プログラム(RDCP)」を、2017年6月にはRDCPから創出されたテーマ「抗疲労空間の構築」を目的とした連携組織「理研CLST-ダイキン工業連携センター」を設立しました。簡単にいうと、疲労度との相関関係を見ながら、どのような温度・湿度・気流制御を行えばエアコンで「疲れにくい・疲れない・疲労回復ができる空間」を作れるかという研究を行っています。

エアコンの部品で形作られた影が疾走する人の姿を形作る、「人を基軸におく経営」を表現したオブジェ

最近では2017年6月に、大阪大学と情報科学分野を中心とした包括連携契約を締結しました。2017年7月からの10年間、弊社が大阪大学に総額約56億円を提供し、大阪大学の研究者と弊社技術者による共同研究を含む、共同研究・委受託研究、先導研究プログラム、学生研究員プログラム、AI人材養成プログラムという4つの連携プログラムを新たに実施します。提供資金の内訳は、連携を行う10年間の運営費用が毎年5億円、実証実験用設備などの整備費が約6億円です。
共同研究・委受託研究では、情報科学分野として初の研究ユニット「ダイキン情報科学研究ユニット(Di-CHiLD)」を設置し、研究者と技術者が暮らしの空間や産業における「快適性・生産性・経済性・安全性・環境貢献」をテーマとした共同研究を行います。

先導研究プログラムでは、世界トップレベルの研究者育成を目指す大阪大学の「高等共創研究院」において、情報科学系の若手研究者を10年間の長期雇用で全世界から公募します。弊社は運営資金を提供しますが、その方法や内容に一切の口出しはせず、自由な発想で研究を行ってもらいます。その代わり、研究の成果物に対してファーストルック契約を結んでいます。

学生研究員プログラムについては、弊社が大阪大学の情報系を専攻する大学院生のインターンシップを受け入れるものです。学生の採用促進を図るため、奨学金制度ではなく委託研究費として資金提供を行い、同時に1カ月以上のインターンシップに参加してもらいます。

AI人材養成プログラムでは、700名超のAIやIoTに精通した技術者の養成を目指します。弊社内に設置する情報技術大学に対し、大阪大学から教育プログラムを提供してもらい、自社技術者が受講するのです。加えて、技術者の提案を理解できるように経営陣も順次参加します。まず、毎週1日8時間×6カ月で大学院卒業レベルの技術習得を目指します。同時に、来期の新卒採用枠を100名増やし、情報技術者を増員します。

 

“課題設定型”の産学連携だからこそ生まれるイノベーション

中尾:特に京都大学との連携は、産学連携の在り方にひとつのイノベーションをもたらしましたよね。

ダイキン工業 河原氏(左)と、リクルートワークス研究所 中尾(右)

河原:現在、産学連携のトレンドは“個人対個人”から“組織対組織”、そして“課題解決型”から“課題設定型”へと移行しつつありますが、京都大学との連携はこうした流れを作るひとつのきっかけになったのではないかと感じています。
規模の大きさもそうですが、従来と同じく課題解決型の研究をしている限り、イノベーションは生まれません。社内で作ったテーマ、たとえばエアコンの圧縮効率を上げるために低摩擦材料の研究を行うというのでは、協働する研究者がいくら優秀でも社内で想定した課題解決の範疇にとどまってしまい、コンプレッサーの要らないエアコンなどという破壊的なイノベーションは生まれません。産学連携で重要なのは、お互いの組織が資産を持ち寄ったらどのような社会価値が生み出せるか、どのような社会イノベーションを起こせるのか、といった「テーマ設定」から一緒に行うことで、新しい価値創造が飛躍的に向上する点にあります。そうした観点では、これまでの産学連携を通じて、弊社だけでは決して思いつかない共同研究テーマがいくつも生み出されたのが、成果といえるでしょう。

 

オープンイノベーションの壁となる日本人の「自前主義」

中尾:産学連携を行う上で、難しいと感じる部分はありますか?

河原:一言で表現すると、「自前主義」が一番の壁ですね。上層部同士では共同研究の合意が得られやすい。一方で現場にいる研究者や技術者単位では、なんでもかんでも自分でやり遂げたいというメンタルモデルが働きやすいのです。もちろん、こうしたいわばプライドを持つのは必要です。しかし、このプライドを超えて、双方の技術を認めて使っていく、本当の意味でのコラボレーションや協創を実現する、といったところまで辿り着く方法論を確立するのがチャレンジですね。

中尾:社外に最先端の研究を開示すること自体は、問題がないんでしょうか?

河原:当然ながら現場の研究者が嫌がるケースもありますが、上層部が責任を持ちトップダウン型で行えば問題ありません。むしろ、成果物の知的財産権をどちらが所有するか、ということへの反応の方が敏感です。もちろん、契約の段階ではまだなにもできていないので、前述したようにファーストルック契約をはじめ多様な契約パターンが存在しています。

中尾:日本以外の国では、こうした問題はあまり見られないんでしょうか?

河原:日本の従業員の多くは企業ロイヤリティが高いので、自社にとって有益かどうかをまず考えます。しかし、たとえば「ポルダー・モデル」で知られるオランダでは、オランダ内ではなく、EU全体市場がなにを望んでいるかが最優先されます。目標の実現に向けて、社外の組織と連携した方が早くて良いものができるのならすぐに実践しますし、そうして誕生した成果物の知的財産権は、参加者同士イーブンで当たり前、という考え方が主流です。また、スウェーデンでは国策として国や社会の成長のためという考え方が、アメリカにはビジネスモデルと自己実現のためという考え方があるなど、優先順位が高いのでオープンイノベーションを進めやすいわけです。

このように、日本でオープンイノベーションを加速するには、日本人が持つ独自の気質や企業ロイヤリティへの考え方を、いかに緩和していけるかが今後の重要な鍵となりそうです。

中尾:ありがとうございました。

 

【今回の事例からの学び】
本当のオープンイノベーションを実現するためには、3つの壁を越える必要があります。
それは、(1)社内の壁、(2)ネットワークの量の壁、(3)ネットワークの質の壁です。
オープンイノベーションの取り組みは、まず社外に情報を投げかけることから始まり、その情報に適切な量・質のリアクションをしてくれるネットワークが必要です。
また、いつの時代もテクノロジーがイノベーションを牽引しています。今回のダイキン工業の「TIC」の取り組みは、通常自前主義になりがちな企業や技術者の傾向を理解した上で、トップ同士が大きな枠組みを決め、情報開示をOKとしながら、現場で試行錯誤を繰り返しています。将来的には、大企業が大学と本格的に協働するひとつのひな形になる可能性があります。
ダイキン工業は世界No.1の空調メーカーでありながら、将来を見据えて新技術習得に取り組んでいます。外部調達に加えて内部技術者の新技術取得のために、大阪大学の力を借りて週に1日×6カ月の時間を投入するのも大胆です。今後日本企業が世界で勝ち抜いていくには、ダイキン工業のようなオープンイノベーションの取り組みが重要だと感じました。このような企業が、1社でも増えることが望まれます。

 

リクルートワークス研究所 中尾隆一郎

 


プロフィール

河原 克己(かわはら・かつみ)

1987年、ダイキン工業株式会社に入社。機械技術研究所で材料技術開発やトライボロジーの研究、空調機のライフサイクルアセスメント研究等に従事する。2000年に機械R&D戦略室課長、2005年に空調開発企画室長を経て、2007年には空調生産本部先行部品開発G主席技師としてR&D戦略立案、空調商品の開発企画・先行部品開発に従事。2011年にテクノロジー・イノベーションセンター推進室長となる。2012年には、同センター設立準備室長として、イノベーション戦略の立案、イノベーションマネジメント方法の立案、同センターの建築推進等、テクノロジー・イノベーションセンターの設立を担当。2015年11月よりテクノロジー・イノベーションセンター 副センター長として、協創イノベーション(産官学連携)推進を担当している。

2018年01月12日