Column

いま、医療業界においてオープンイノベーションを加速する新たな動きがある。そのひとつが、アンターが提供している医師同士の疑問解決サービス「Antaa QA」だ。IBMのスタートアップ支援「IBM BlueHubインキュベーション・プログラム」に採択されたことからも、社名やサービス名をご存じの方は多いだろう。そこで今回は、現役の整形外科医師であり、アンターの代表取締役を務める中山俊氏にインタビューを敢行。「Antaa QA」の開発に至った背景や、実際の取り組みなどを伺った。

聞き手:リクルートワークス研究所 副所長 中尾隆一郎

 

情報を得ることで対応が可能になる医療

中尾隆一郎(以下、中尾):
まずは、医師同士の疑問解決サービス「Antaa QA」の概要についてお聞かせください。

アンター 代表取締役の中山俊氏アンター 代表取締役の中山俊氏

中山俊氏(以下、中山):
「Antaa QA」は、医師同士がコミュニケーションを取り合うことで、医療現場における疑問解決が図れるサービスです。アカウント登録には実名と医師免許番号が必要となっており、一般の方は一切見ることができません。
現在、医学は約30もの分野に分かれています。もちろん、学生時代には自分の専門分野だけでなく幅広い分野の知識を学びますが、これはあくまでも基礎の部分が中心で、すべての分野を網羅するのは事実上不可能といえるでしょう。しかし、実際に医師として現場に立つと、患者さんによっては専門外の症状を併発しているようなケースも少なくありません。特に高齢者の場合、高血圧や糖尿病などの持病を抱える方が増える傾向にあります。
こうした状況下において、専門外の知識を迅速に得られるのが「Antaa QA」の特徴です。利用者を医師のみに限定することで、より高度で具体的な情報交換を可能としています。

たとえば、整形外科が専門である私のもとを訪れた患者さんが、嗅覚の異常を訴えたことがありました。嗅覚の異常といえば、一般的には耳鼻咽喉科の専門というイメージが強いと思います。しかし、「Antaa QA」で質問を投げかけたところ、「パーキンソン病の初期症状や脳腫瘍の一症状の可能性もある」といった回答が短時間で得られました。このように、医師が専門外の知識を得ようとした際、コミュニティを通じて適切なアドバイスをもらえるのが、「Antaa QA」のメリットです。

中尾:お互いの専門分野で不足している部分を補いながら、より適切な診療ができるようになるわけですね。中山さんがこのサービスを思いついた経緯はどのようなものだったのですか?

「Antaa QA」のiOS向けアプリで、実際に中山氏が嗅覚異常に関して質問をした時の様子


中山:
当初はこのような仕組みを、医学論文の共有によって実現しようと考えていました。発端はいまから約2年前、医師になって5年目の時に、「情報を得ることで対応が可能になる医療があるのではないか」と感じたことにあります。私自身が鹿児島県奄美大島の出身で、医師になってから東京へ出てきたのですが、実際のところ都会から離れたの病院には最新の医療情報が届きにくい、という実情がありました。そこで、最新の医学論文を共有すれば、医療の幅が広がると思ったわけです。
でも、そこには大きな壁が存在しました。まずは世界中で発表されている医学論文の量ですね。その数は世界で年間約40万件に達しており、特に有用なものを選別しても10%程度は残ります。また、5~6ページ程度のものが中心とはいえ、英語やドイツ語で書かれた生の論文を読むのは多くの医師にとってハードルが高いため、内容を要約する必要も出てきます。これをボランティアでやるには膨大すぎる量でした。

 

「AIが支える未来」があるからこそ踏み出せた一歩

中尾:年間40万件というのはすごい数ですね。

中山:そうなんです。この取り組みを始めた当初、メンバーはまだ私を含めて2人しかいませんでしたし、医師の仕事をこなしながらでは作業量的にまったく追いつきません。そこで考えたのが、すでに要約された情報を共有できないか、ということでした。各地で有志が集まって開催されている勉強会に参加し、その情報を共有できないかお願いしたんです。しかし、あまり良い返事はいただけませんでした。自分たちで努力して集めた成果を、突然現れた人に「共有してほしい」と言われても、躊躇するのは当然ですよね。皆さんからは“クレクレ状態”に見えたのかもしれません。そこで改めて、「他人に求める前に、まずは自分の価値を提供しなければ」と思うようになったんです。具体的には、100人の内科医に私のLINE IDを公開し、整形外科に関する質問の受付を開始しました。24時間365日体制で、緊急時を除きすべて5分以内に返信するというものです。

中尾:確かに「自分の価値を提供する」という点では非常に有効ですが、思い切った取り組みをされましたね。実際のところ、かなり大変だったのではありませんか?

アンター 中山氏(左)と、リクルートワークス研究所 中尾(右)アンター 中山氏(左)と、リクルートワークス研究所 中尾(右)

中山:昼夜を問わず即レスするのはかなり大変でしたね(笑)。でも、それをやろうと決意できたのは、中尾さんが主催されている「TTPS(徹底的にパクって進化させる)勉強会」に参加したのがきっかけでした。その中でAIに関する解説を聞いて、「たとえ最初は人力でも、やり続けさえすれば、その先にはAIが支えてくれる明るい未来がある」と思えるようになったんです。この体験があったからこそ、LINEの取り組みを2016年の3月から約半年間続けられました。

 

オープンイノベーションで日本の医療をさらに発展させたい

中尾:その後、IBMのスタートアップ支援「IBM BlueHubインキュベーション・プログラム」に採択されて、「IBM Watson」を使ったサービス開発に着手されたんですよね。

中山:そうですね。「IBM Watson」が完全無料で使えたのはもちろんのこと、支援の一環としてIBMのネットワークで数多くの優秀な方々に出会えたのは、非常に大きな財産となりました。
こうして完成した「Antaa QA」のアプリでは、LINEでの取り組みを活かして、さまざまな専門分野の医師たちがコミュニケーションできるようにしました。また、「IBM Watson」については「お薬Bot」に活用されており、こちらは医薬品に関する質問を投げかけると、「アンター坊や」が用法・用量や副作用などを瞬時に答えてくれるものです。実際に医療現場では、医薬品に関して調べる機会が多いのですが、Google検索などでは一般向けの情報しか出てきません。そこで、医師にとって必要な情報をすぐに調べられるBotを作りました。
現在、「Antaa QA」の登録者数は700名弱で、積極的にご活用いただいています。

中尾:今後はどのような展開を考えられていますか?

中山:現段階では、「Antaa QA」内で行われている医師同士のやり取りを基にした書籍の出版が決定しています。「Antaa QA」自体に関しては、将来的にユーザー課金モデルや、製薬会社の広告掲載なども検討中です。
日本の医療は知識だけでなく、経験も含めて世界に誇れるクオリティを持っています。その高度な知識や経験を「Antaa QA」で体系化し、今後さらなる医療の発展に寄与できればと思います。的確な診断や医薬品の処方は、医師と患者さんの双方に大きなメリットをもたらすだけでなく、現在問題視されている医療費高騰の抑制にもつながるものです。

中尾:ありがとうございました。

 

【今回の事例からの学び】
本当のオープンイノベーションを実現するためには、3つの壁を越える必要があります。
それは、(1)社内の壁、(2)ネットワークの量の壁、(3)ネットワークの質の壁です。
オープンイノベーションの取り組みは、まず社外に情報を投げかけることから始まります。その際、必要以上に社内のルールを意識していると、社内の壁(1)に阻まれる可能性があります。しかし、医師という仕事には、この(1)の壁は存在しません。あったとしても、かなり低いといえるでしょう。
それよりも大変なのは、本文でも触れていますが、医療の専門性と高齢化への対応です。専門分野は30に分かれ、年間40万本の新情報が論文として公開されています。自分の専門分野についての情報収集だけでも大変です。加えて、患者の高齢化が複雑性に拍車をかけます。高齢者は、複数の不調があるケースが多くなりがちです。自分の専門知識だけでは判別できず、他の病気を見逃してしまう可能性が出てくるため、同じ症状を他の専門家が見立てる必要性があるのです。
しかし、同じ専門医のネットワークを持っていても、他領域の専門医とのネットワークは限定的です。ましてや気軽に相談できるネットワークとなると、さらに難しくなります。こうした点において、「Antaa QA」を使えば簡単に他の専門家の知恵を借りることができます。つまり、このサービスはネットワークの量の壁(2)と、ネットワークの質の壁(3)を越えるサポートをしてくれるのです。
手軽に高度な情報を得られるサービスって画期的ですね。このサービスを、日本中の医者が使い、より適切な見立てができるようになることを願っています。さらに、「IBM Watson」を活用した「お薬Bot」は、AIにより言語の壁も越えられるので、世界にも広がる可能性がありますね。

リクルートワークス研究所 中尾隆一郎

 


プロフィール
中山 俊中山 俊(なかやま・しゅん)

アンター株式会社 代表取締役、翠明会山王病院 整形外科医師。鹿児島県出身。鹿児島大学医学部を卒業後、2011年から2013年にかけて東京医療センターで初期研修に従事。現在は、山王病院に勤務している。2016年にアンター株式会社を創業。IBMのスタートアップ支援「IBM BlueHubインキュベーション・プログラム」に採択され、「IBM Watson」を使ったサービスを開発。医療現場の医師が相互に助け合う、実名制の医師同士のQ&Aサービス「Antaa QA」を運営している。

 

2017年11月06日