Column

2017年6月、渋谷区広尾にリクルートテクノロジーズが運営するオープンイノベーションスペース「アドバンスドテクノロジーラボ(通称:ATL)」が誕生した。同スペースは、最先端テクノロジーに取り組む開発者向けにVRの設備・機材を無料で提供し、開発したプロダクトの権利は開発者のみに帰属させるという、開発者にとってまさに夢のような場所だ。前編は、リクルートテクノロジーズアドバンスドテクノロジーラボの櫻井一貴氏に、ATLの概要や誕生した背景などを伺った。そこで今回後編では引き続き、実現までの道程などを語ってもらった。

聞き手:リクルートワークス研究所 副所長 中尾隆一郎

“面白い”を形にするという情熱

中尾隆一郎(以下、中尾):
一般的な企業でこうした施設の運営を考えた場合、やはり資金やビジネスモデルに関する課題に加えて、客員研究員がトラブルを起こした際の責任問題などが懸念されると思うんです。そうした部分はどのように乗り越えられたんですか?

櫻井一貴氏(以下、櫻井):
確かに、こうした施設を設立する際はさまざまな課題が出てくるものですが、リスクを考慮したネガティブな意見が出てくる前に進めてしまう、というのも一つの方法だったのかもしれません。私たちも、実際に手狭となったATL組織のオフィス移転やプロダクトの保管・公開場所が必要になっていたのは事実ですから、それをアピールしつつ公開スペースを設けました。リスクを細かく挙げていけばキリがありませんし、当然ながら反対意見も増えていくはずです。それでも前に進むためには、いい意味で多少の“勢い”は必要だと考えています(笑)。もちろん外部の方が出入りする以上はリスクが発生するので、しっかりとオープンスペースとオフィススペースを隔離し、社内の機密情報が漏洩しないようなガードは必要不可欠。その辺りのゾーニングはきちんと考慮しました。
また、利用者に審査や条件を設けることで、ある程度のリスクヘッジも行えますが、肝心の開発者が集まらなければ意味がありません。そこでまずは最低限のルールのみでスタートし、実際に運営を行いながらの調整を考えました。

R&Dにおいては、「“面白い”を形にする」ことが重要だと考えます。たとえば2009年頃、ATLの研究員が当時まだあまり知られていなかった分散処理技術「Hadoop」をアメリカにあるらしいといって見つけてきたんです。彼はこのHadoopについて、「リクルートのビジネスに役立てよう」というよりも、「なにに使えるか分からないけれど面白そうなので、まずは試してみたい」という思いで渡米しました。そこで現地のスタートアップと研究を重ねた結果、現在ではリアルタイムなデータ分析処理に使われるまで普及しました。このように、常に最新技術への研究開発を行っておくことで、後々の研究開発にも役に立つケースはかなり多いんです。もちろん、その中には芽が出ないものもありますが、メディアに注目されることでプレゼンス向上には貢献できます。こうした観点からも、ATLとして公開スペースを持つことは大きな意味があると考えます。

イノベーションが生まれやすいシチュエーションにもこだわり

中尾:広尾という場所にもなにかこだわりがあったんですか?

櫻井:コストおよび1フロアをまるっと使えるという物件的な条件もあるんですが、なによりラボとして考えた場合のメンタル面を特に意識しました。秋葉原や代々木、大崎なども候補に挙がりましたが、駅から近すぎるとどうしても日常の延長という感覚が強くなってしまいます。そこでいかにもオフィス然としていないエリアとして、広尾が最適だと考えたんです。恵比寿駅から徒歩で約10分の距離は、オンとオフを切り替える時間にちょうどいいですし、この適度な心の余裕がイノベーションを生まれやすくしてくれます。これらはATLのスタッフだけでなく、客員研究員の方々にとってもいい影響を与えてくれるはずです。

中尾:確かにこのスペースは、一般的なオフィスと比べてイノベーションが生まれやすそうですね。

櫻井:そうなんです。設備・機材もそろっているので、駆け出しのエンジニアの方でも最先端技術を用いた開発が容易になります。もちろん時間が経てばこうした機材は安くなりますが、新技術が登場した今しかできないことも数多くあるんです。「最新技術に挑戦してみたいけれど予算が……」という方々にこそ、ぜひ積極的に利用していただきたいですね。

中尾:ありがとうございました。

 

[今回の事例からの学び]

当のオープンイノベーションを実現するためには、3つの壁を越える必要があります。
それは、(1)社内の壁、(2)ネットワークの量の壁、(3)ネットワークの質の壁です。
まずは、社外に情報を投げかけることから始まります。
その際に必要以上に社内のルールを意識していると
(1)社内の壁に阻まれる可能性があります。
今回の櫻井さんは、この(1)の壁を上手に超えられています。
ポイントは
ATL設立の目的をオープンイノベーションのためであるという文脈だけでなく、オフィス移転とプロダクト保管・公開場所の必要性も同時に社内に説明していることです。
これは、前回の東急ハンズの長谷川さんの事例で
・社内への説明ポイントを絞る。
・必要以上にリスクを語らない。
と共通です。
これらは、私たちもマネができそうです。
加えて今回は、無料で最新のVR機器が使え、権利を主張しないということで
(2)の壁を超えることに成功しています。
権利を主張しないというのがポイントです。
櫻井さんたちのような人やATLのような施設が少しでも多く増えることを願っています。

リクルートワークス研究所 中尾隆一郎

 

>>前編はこちら

 


プロフィール
アドバンスドテクノロジーラボ 櫻井一貴氏

1994年、リクルートに新卒入社。情報システム部門に配属、社内の勘定系システムや就職サイトの開発リーダーなどを経て、現在は経営企画部にて広報・コミュニケーション施策を担当している。ミッションは「社内外でリクルートテクノロジーズのファンを増やすこと」。兼務先であるATLでは主に産学連携推進を担当。情報処理学会DBS研究会運営委員。関西学院大学社会情報学研究センター客員研究員。全国津々浦々、さまざまな学会や研究室に足を運ぶことが生き甲斐。

 

2017年09月22日