2020年東京オリンピックにおける人材レガシー東京オリンピックは日本のボランティア・セクターを“クール”に変えるか?

東京オリンピックでは、大会運営ボランティア約8万人、観光・交通案内を担う都市ボランティア1万人以上と、合計約9万人のボランティアが動員される予定[1]だ。過去の大会ではこれほど大規模な動員は例がなく、日本のボランティア文化にポジティブな影響を与えるまたとない機会となるだろう。本稿ではロンドンやリオデジャネイロの事例を踏まえつつ、東京オリンピックが日本にどのようなボランティア・レガシーを残すことができるかを考察していく。

ボランティア・レガシーを残したロンドン・オリンピック

2012年のロンドン・オリンピックでは、7万人の大会運営ボランティアが動員された。万事において綿密にレガシーを設計していたロンドンでは、ボランティアについても当初から大会終了後の継続的な機会提供が計画されていた。"Games Makers"と呼ばれた大会ボランティアのデータベースは"Team London"と名を変え、ロンドン市に引き継がれた。

2016年に発行されたレポート[2]によれば、これまでにTeam LondonのWEBサイトを通してこれまでに13万5,000人がボランティア登録しており、1,600以上の団体とのマッチングが成立した。

もうひとつのロンドンのボランティア・レガシーは、障がいを抱えた人々にもボランティアの機会を提供したことである。「大会ボランティアの機会は、全ての人々に開かれているべき」との考えから、参加を希望する障がい者にはボランティアのためのサポート・ボランティアを別途配置するなど、「誰でも参加できるボランティア」であることを徹底した。

7万人のボランティア・ニーズを最大限に活用した結果、ボランティア従事者の数は大幅に増加した。政府統計[3]によると、イギリス国内における2012-2013年のボランティア従事者数は64%と、オリンピック前年の57%(2010-2011年)から急増しており、ロンドン・オリンピックのボランティア・レガシーが一定の成果を挙げているといえそうだ。

ボランティア・マネジメントに苦戦したリオデジャネイロ

Photo by Jeff J Mitchell/Getty Images

こうしたロンドンの取り組みは、リオデジャネイロにも引き継がれた。リオ・オリンピックの会場では車椅子に乗ったボランティアの姿がみられたし、大会終了後にはデータベースの引き継ぎも検討されているという。

しかし、ボランティア文化がもともと定着しているロンドンとは異なる苦労もあった。ブラジルでは、宗教的なものを除けばボランティアという概念自体がそれほど普及していなかった。当初はボランティア・ニーズの大きさに対して、十分な人数が集まるのかという懸念もあったそうだ。

最大の問題は大会が始まってから起こった。5万人のボランティアのうち、1.5万人が現場に姿を見せなかったり、途中で参加を中止してしまったりしたのだ[4]。その理由として、配給されるユニフォームだけが目当ての応募が多かったという報道が目立つが、実際には大会ボランティアの意義が市民に浸透していなかったことや、具体的な職務や配置の伝達が直前過ぎたことなど、マネジメントする側の問題もあったようだ。当然ではあるが、ボランティア・レガシーを計画する際には、開催地区の環境やボランティア文化を考慮する必要があるだろう。

こうした苦労はあったが、おおむね大会ボランティアはオリンピックを支えるという体験を楽しんでいるようだった。閉幕したばかりであり、具体的な成果が現れてくるにはまだ時間がかかるだろうが、かけがえのない体験をした大会ボランティアたちは、今後もスポーツイベントをはじめとした様々な活動に関わっていくことだろう。

シニア・ボランティアが活躍する東京オリンピック

ここからは東京オリンピックのボランティア・レガシーについて考えていきたい。東京においてもロンドンやリオデジャネイロ同様、大会終了後のボランティア・データベースの継続運用や、障がいのある人たちが参加できる環境構築が必要である。さらに日本の現状を考えると、いくつかの特徴的なレガシーを期待できそうだ。キーワードは、「シニア・ボランティア」と「プロボノ」である。

少子化と高齢化が進む日本では、年々労働力人口が減少していく。悲観的に語られがちな現象であるが、ポジティブな面に目を向ければ、スキルと時間的余裕のあるシニア・ボランティア潜在層が急増しているとみることができる。ロンドンやリオデジャネイロでも、会場で活躍するシニア・ボランティアの姿が多数みられたが、東京オリンピックではより多くのシニアが活躍することが期待される。貴重な経験を経たシニア・ボランティアは、労働力人口が減り続ける日本の市民社会を支える重要な戦力となるだろう。

専門性を活かしたボランティア「プロボノ」の普及

シニア・ボランティアとともに活躍が期待されるのは、「プロボノ」である。これは専門性を活かしたボランティアのことで、もともとは公共善に資すると認められる場合に、士業や専門職が時間の一部を使って無償で提供するサービスのことを指していた。昨今の日本でも、コンサルティングファームなどの企業が、社会的課題に取り組むNPOやNGOに無償で専門サービスを提供するといった活動が広がりつつある。

この「プロボノ」が、東京オリンピックを契機により広く普及していくかもしれない。日本ではボランティアといえばゴミ拾いなど、誰でも取り組めるものを無償で提供するというイメージが強い。全国社会福祉協議会の調査[5]によると、ボランティア活動内容の上位2つは「話相手になる、一緒に遊ぶ、劇を見せる等の交流、遊び等」(14.9%)と「団体・グループの運営、イベントや事業等の企画」(11.3%)である。

こうした活動も尊いが、専門知識やスキルを活用することができれば社会課題の解決が促進され、かつボランティア自身が深い充実感を得ることができるだろう。大会運営の現場では、高度なスキルが必要とされるケースが少なくない。会場誘導などの一般的なボランティアがよく知られているが、実際にはゲームの審判やトップアスリートへのインタビューの通訳、そして救護など、プロフェッショナルでないと務まらないボランティアも数多く活躍している。そうした現場に光があたることで、ボランティアのイメージが変わっていくのではないだろうか。

これまでのボランティアのイメージを刷新できるか

ボランティア・レガシーを実現するうえでカギとなるのは、旧来のボランティアが持つイメージの刷新である。奉仕活動、慈善事業と訳されることが多いためか、「自分を犠牲にした奉仕」という印象がまだまだ強い。学校で意義を理解する前にただ命令されてゴミ拾いなどをさせられた経験から「強制的で、つまらないもの」という印象を持っている若者も少なくない。

スタイリッシュなユニフォームに身を包み、大会運営の現場で活躍する大会ボランティアは、こうしたイメージを「クールで、楽しいもの」に変えていく可能性を秘めている。あらゆるボランティア活動の中でも、オリンピックの大会ボランティアほど人々が憧れ、注目するものはない。9万人のかけがえのない体験をどうレバレッジしていくかは、マネジメント側の事前のレガシー設計にかかっている。

客員研究員 石川孔明

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