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東京オリンピックは人材レガシーを残すことができるか?

前回のコラムでは、2012年に開催されたロンドン・オリンピックと、つい先日閉幕したリオ・オリンピックのレガシーを振り返った。どちらの大会においても人や文化といったソフト・レガシーを重要視していたのが特徴であったが、とりわけロンドンでは徹底されていた。先進国では、途上国のようにインフラ開発やそれに伴う経済効果が期待できない。そこでロンドンはオリンピックを社会課題解決の機会ととらえ、雇用創出をダイバーシティやインクルージョンの増進につなげ成果を生み出していた。

 

東京オリンピックならではの挑戦

成熟都市である東京においても、この機会を最大限に活用して人材レガシーを残していくことが期待される。ただし表面的な取り組みを追うのでなく、東京オリジナルのレガシー・プランを構築することが必要だろう。なぜなら日本は人口減少社会であり、今後一貫して労働力人口が減っていくと予想されるからだ。この状況は発展途上にあるリオデジャネイロはいうまでもなく、成熟都市でありながら経済・人口ともに成長しているロンドンとも異なる。

ここであらためて東京オリンピックが創出する81.5万人という人材ニーズについて考えてみたい(前回のコラム参照)。その特徴は「大規模かつ一過性」であることだ。経済が右肩上がりの局面では、大規模ニーズにさえ対応できれば、動員された人材はその後の経済成長を支える人材となった。だが生産人口が減少しており、今後も大幅な経済成長が期待できない場合はどうか。足元で人材が不足しているため、オリンピック需要に合わせて雇用を増やそうにも人がいない。そして仮に人材不足に対応できたとしても、その後の雇用を維持することは困難だ。これがロンドンやリオデジャネイロとは異なる、東京オリンピック特有の課題である。

 

図1:産業別人材ニーズの時系列シミュレーション

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出所:リクルートワークス研究所「東京オリンピックがもたらす雇用インパクト」

 

オリンピックのもうひとつの主役「ボランティア」

 だが逆境は変革のチャンスでもある。オリンピックを産業界や市民社会が抱える課題解決の機会ととらえれば、「一億総活躍」が期待される日本ならではの人材レガシーを実現し、成熟都市のオリンピックのあり方を世界に示すことができるだろう。

オリンピックによる人材レガシーの筆頭として、まずボランティアを挙げたい。ロンドンやリオデジャネイロ同様、ボランティアは陰の主役だ。8万人以上が動員される東京オリンピックは、ボランティア活動に親しむまたとない機会となる。

超高齢化社会とは、スキルと余暇を持ったシニア・ボランティアが大勢いる社会でもある。日本が掲げる「一億総活躍」実現に向けて、有償の労働だけでなく、こうした無償の活動もあわせて推進していくことが必要だ。こうした人材を育む機会としてオリンピックを活用すれば、2020年以降の市民社会を支える大きなレガシーを残すことができるだろう。

ボランティア活動を支える社会制度も変わるかもしれない。東日本大震災以降、ボランティア休暇制度を整備する企業が増えたように、大会期間中は長期休暇の取得を奨励する動きが進むことも期待される。

 

オリンピック3大人材ニーズ 建設・警備・観光における取り組み

またオリンピックは、様々な産業セクターを変革する機会にもなり得る。以下ではオリンピックによる影響が大きい建設・警備・観光について述べていく。

最大の人材ニーズが見込まれる建設業界は、数年前まで建設投資・就業者数はともに減少傾向にあった。また55歳以上就業者が34%を占めるという構造的課題も抱えており、人材不足が慢性化している。

(国土交通省:http://www.mlit.go.jp/common/001121700.pdf

ロンドンでは大会関連の建設投資を人材レガシーの機会ととらえ、エンプロイメント&スキルレガシープログラムを実施した。これは開催地の無業者を主な対象として、トレーニングや就業機会を提供する取り組みである。こうして人材ニーズの増加に対応するとともに、開催期間終了後の継続就労や転職支援までカバーすることで人材レガシーを生み出している。

またロンドンではオリンピックを建設業のイメージを変える契機として活用した。それまでは「危険で、男性しか担えない」と認識されていたのだが、スタジアムなどの建設現場における安全基準を強化し、女性の雇用目標を設定したことで、業界の認識が変化しつつある。

日本の建設業界も、人材不足を解消していくため一体となって人材育成のあり方や労働環境を見直し、業界のイメージを刷新していく必要があるだろう。女性が働きやすい建設現場づくりなどの取り組みが進められているが、国民の注目が集まる東京オリンピック関連の建設現場は、建設業のイメージを変える格好の機会となるのではないだろうか。

 

ロンドン・リオでみられた“トライセクター人材ポートフォリオ”

警備業界においては、建設業以上に人材不足が課題になる可能性が高い。オリンピック開催期間中は、大量の警備人材が必要となる。かつ、この人材ニーズはセキュリティ施策によって大幅に変動する。こうした需要にフレキシブルに対応するため、ロンドンやリオデジャネイロでは必要な役割を軍や警察(官)、民間企業(民)、そしてボランティア(市民)で分担するという“トライセクター人材ポートフォリオ”が採用された。

これにより多くのボランティアが警備の一端を担った。このようにオリンピックをショーケースとして女性や若者が活躍する姿をみせることで業界のイメージを変えることに成功すれば、新たな担い手を掘り起こしていけるかもしれない。

オリンピックに向けて注目される「おもてなし産業」の代表、飲食・宿泊業界も人材レガシーが期待される領域だ。ただでさえ足元の人材確保に課題を抱えるサービス業だが、2020年に向けて人材獲得競争は一層厳しくなっていく。さらに量だけでなく質の確保も課題となる。

リオデジャネイロでは英語対応可能なスタッフの確保が進まず、英語対応可能な窓口やボランティアに外国からの観光客が殺到していた。日本では引き続き訪日観光客の伸びが予想されることから、英語に加えて中国語などの多言語対応が課題となることは間違いない。既存の担い手のスキルアップに加えて、労働時間がネックとなってスキルを眠らせている主婦やシニア層が働きやすくなる環境づくりが必要となるだろう。

 

人材レガシー創出のカギは事前の設計

これまでみてきたように東京オリンピックが生み出す大規模かつ一過性の人材ニーズは、対応すべき課題だが、労働市場の課題解決を進める千載一遇のチャンスでもある。スムーズな人材調達に失敗すれば、大会運営だけでなく平時のビジネスにも混乱を招くリスクがある一方で、計画的に活用すれば、生産性の向上やこれまで排除されていた潜在的労働力の活用、 そして業界イメージの刷新など労働市場の質的転換が起こる可能性も秘めている。

成熟都市におけるオリンピック・レガシーは、インフラ整備のような目に見える形だけでなく、人々の意識や行動の変化として現れる。ロンドンの例で明らかなように、こうしたレガシーを創出するにはインフラ整備と同じくらい綿密な事前設計が必要である。リオ・オリンピックが閉幕したいま、次の開幕までまだ4年あると思わず、すぐにでも東京オリンピックに向けた人材レガシー・プランを構築していく必要があるだろう。以降のコラムでは、ボランティアや各産業別に想定される人材レガシーを検討していく。

 

客員研究員 石川孔明


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2016年11月08日