専門家が語る、現地人材採用のコツマレーシア人を雇用する際の落とし穴

鵜子幸久氏

マレーシアへの日系企業の進出は、従来の製造業から国内需要を狙ったサービス業へと業種の幅が広がっている。桜リクルート社マレーシアの社長取締役として10年以上人材紹介業に携わる鵜子幸久氏は、この流れに伴って、日系企業が現地人材に求める条件と求職者の希望条件のマッチングが難しくなっているという。同氏に、現地人材を雇用する際に事前に知っておくべきこと、新規分野の企業が理想的な雇用関係を築くために心がけておくべきことを伺った。

◆ 現地人材採用には3つの落とし穴がある。①転職が一般化している②マレーシアの法律は労働者に有利である③プライド意識・身分の概念がある。
◆ 製造業は長年かけて人材を育ててきた。新規分野の企業も即戦力に偏らず、現地採用の人材を育てることが大切である。

マレーシア人を雇用する際の落とし穴

マレーシアは法制度の透明性や治安の良さなど、アジア諸国の中でも投資環境は整備されているが、現地で雇用した「人」に起因するトラブルが非常に多い。日系企業は30年以上前から製造業が進出した歴史を経て、現在は富裕化したマレーシアの内需マーケットを狙ったサービス業など新たな業種が押し寄せている。現地人材と理想的な雇用関係を結ぶため、あらかじめ心得ておくべきことについて述べる。

まず、ほかのアジア諸国と同様に、マレーシア の人々は特に愛社精神というものは持たず、終身雇用の概念も薄い。そのため日本人オーナーが「手塩にかけて」彼らを育てたとしても、なにか気に入らないことがあればすぐに転職してしまう傾向がある。当然社内の人材は育ちにくく、常に退職者の穴埋めで採用募集を続けている会社も少なくない。

つぎに、マレーシアでは「働く側」が雇用法・労使関係法・労働組合法という3つの法律で過保護なまでに守られており、一旦雇用すると、原則解雇できない、降格できない、減給できないという、経営者泣かせの労働法になっている。すべての労働者は、公的なIRD(労働調停所)という公的機関に不利益を訴える権利があるため、トラブルが生じると企業は慰謝料を払って解決し、さらにこじれた場合には労働裁判所の案件となり泥沼裁判になった例もある。

最後の落とし穴は、「高いプライド意識」と「身分の概念」。マレーシア国民は、いわゆる3K作業を敬遠し、出稼ぎに来ている外国人労働者がその仕事を行っている。このことを知らずに、日本流に育てようと、新入社員にトイレの掃除をさせたり、運転手代わりに使ったりしてしまう日本人も多いが、それはマレーシア国民に「屈辱を与え」「面子をつぶした」こととなり、ヘタをすると社員が労働調停所に駆け込むこともある。

事業を成功に導くためには、これらの落とし穴を事前に心得て、優秀なマレーシア人スタッフに生産性の高い「いい仕事」 をしてもらうのが理想的である。日本では当たり前の感覚を捨て、「雇ってやっている」のではなく、「対等に雇用契約を結ばせてもらっている」という感覚を持っておくことが、現地で失敗しないための第一歩である。

現地では、求める人材のアンマッチが起こりだしている

マレーシアで人材紹介業を10年以上行ってきて、最近は人材ソーシングとマッチングの難易度が上がってきたと痛切に感じる。マレーシアだけでなく、ほかのアジア諸国についても同様かも知れないが、現地の求職者の希望条件と日系企業の募集条件がどうも一致しなくなってきたように思う。これは 一体なぜか。

その一因は、マレーシアに進出する日系企業の業種の変化にある。過去には、プラザ合意(1985年)による急激な円の切り上げを潮目として、電気・電子分野や自動車分野などのメーカーが生産拠点を海外に移し、部品メーカーもその後を追い、実に多くの製造業が進出した。その流れの中で、マレーシアはしばらくの時期「東南アジアの工場」としての役割を担ってきた。その結果、経営の現地化とともに製造工程の各セクションを担う有能な現地人材が確実に育った。その後も即戦力として現地の人材を雇用できるという点で、両者は共存共栄の関係にあったと言える。

しかし2000年以降、この様相に変化が見られるようになった。マレーシアは「東南アジアの優等生」として急激な経済発展期に入り、徐々に国民の所得が増えた。緩やかなインフレによって人件費も年々上昇し、以前はマレーシア人が担ってきた仕事を、外国人労働者が行うようになってきた。これを背景に、安い賃金を求めてきた日系の製造業は、よりコストの低い周辺国へシフトし始め、マレーシアへの大規模な製造業の新規進出数は激減した。その結果、長い期間をかけて育てられた製造業の各工程を担う有能な人材は、活躍する場所が狭まり、工場の撤退や他国への移転で失業するという皮肉な結果をもたらしている。

マレーシアで富裕層が増えた現在、この潤沢な市場をターゲットとして今までには見られなかった新しいタイプの業種の進出が目立ってきた。卸売・小売りや物流サービス、飲食、不動産、観光、医療美容、金融、IT通信、マルチメディアなどの業種である。現状では、マレーシアに進出する日系企業は、製造業よりも非製造業分野の方が多い。

新規分野の企業も、人材を育てる気持ちで

ここで問題になるのが、新たな業種の日系企業は現地人材の安定した受け皿になるのだろうか?ということである。新規分野の企業ほど、即戦力となる特定の高い能力を有する人材や実務がすぐにできる人材を募集する傾向がある。このような企業は、製造業と比べて最小限の日本人駐在員で事業展開しようとしており、マレーシアの人材を育てるという発想が欠けているように感じる。日本には多数人材が見つかるような職種(例えば、システムアナリスト、ゲームデザイン開発者、富裕層向け投資コンサルタントなど)でも、当地で探す場合、このような特定の新規分野で即戦力となる人材は育っていない、もしくは存在していないと思われる。

マレーシアは現在、経済面では先進国へと秒読み段階であるが、人材の豊富さという面では決して「先進国」とは言えない。
冒頭で述べたように、重厚長大の製造業は長い年月と多くの日本人駐在員の努力をもって、それを継承できる有能なマレーシア人材を生み出し、育ててきた。その歴史事実を踏まえ、進出や設立当初から相応の期間は、日本人駐在員が持つ技術や知識を経験値の低い現地人材に対して丁寧に時間をかけて伝授し、有能な人材を育てていくことが大切なのではないか。それが新しい分野でマレーシアの市場と関わろうとする日系企業の務めでもあると思う。

鵜子 幸久(うのこ ゆきひさ)氏 
桜リクルート社マレーシア 社長取締役
2003年、クアラルンプールにて桜リクルート社(Agensi Pekerjaan SRM.Sdn.Bhd.)を創業、同社の社長取締役を務める。「人材紹介事業」・「ビジネスコンサル事業」・「日本の学校機関誘致事業」を通じて、アジアと日本との懸け橋になるべく現在活躍中。桜コンサルタント社取締役、サイバーライト社取締役を兼任。2014年年頭のAERAで「アジアで勝つ100人」に選ばれる。1987年、株式会社リクルート入社。ホットペッパーの神戸・大阪エリアの創刊に携わり各地の初代編集長を務める。同時に兵庫エフエムラジオ放送(Kiss-FM KOBE)の番組審議委員兼務。また地元関西のテレビやラジオ番組にナビゲーターとして出演。1964年京都生まれ。京都産業大学外国語学部卒。