専門家が語る、現地人材採用のコツフランス人管理職を採用する前に心得ておくこと

河村映子氏

ユーロ危機以後、景気停滞から出口が見えないフランスでは、管理職クラスの人材が安定志向に転じ、企業は人材を確保するために積極的な人材発掘が必要になっている。
在仏日系企業向けに人材採用を支援するJouet-Pastre International(ジュエット・パストレ・インターナショナル)のJapanese Operations Director河村映子氏は、フランスで人材確保を成功させるためには、フランスと日本での仕事の進め方や考え方の違いを理解した上で、以下の3点が不可欠であるという。

◆ 面接時には、会社の存在価値や仕事のやりがいを積極的に売り込み、候補者に興味をもってもらう。
◆ 日系企業ならではの意思決定のプロセスや期待する役割があれば、候補者に事前に説明する。
◆ 労働時間・休暇などフランスの法律は順守する。

フランス人管理職を採用する前に心得ておくこと

フランスでは、数年前まで管理職クラスの求人広告を出すと応対に困るほど多数の応募があった。近年は景気の先行不透明感が続くなかで「転職というイチかバチかのリスクをおかすより、現在の安定したポジションを守りたい」という保守的な意識が高まり、その影響を受けて、企業側は、人材の発掘と候補者を説得するための積極的なアプローチが不可欠となっている。
フランスに拠点を置く日系企業は約400社(2015年5月現在)。現地経験の長い大企業の求人ニーズは退職者が出たときの後任探しであることが多く、人材を新たに必要としているのは主に進出まもない中小企業である。中小企業はフランスについての情報も少なく、人材確保に苦労しているケースが多い。
日系企業がフランス人の管理職を採用する際には、以下の点に留意しなければならない。

忘れかけていた自社の価値と仕事の魅力を自覚し、候補者に強くアピールする

フランスでは、自己主張しない人は社会的に認められにくい。採用のプロセスでも企業側が求職者に自社のアピールをするのは王道で、日本流の「言わなくてもわかってくれるだろう」という思いは通用しない。
企業側は、求人に至ったプロジェクトや職務内容についてジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を明確に提示し、社内のレポートラインをできるだけ細かく伝えた上で、自社の価値と仕事のやりがいを説き、相手の興味とやる気を刺激する、という姿勢が基本になる。日系企業の採用面接では、企業側の説明が不十分で二次面接に至っても自社アピールがなく、応募者が一方的に自己PRするという展開になりがちなため、フランス人の応募者の目には「エキサイティングなプロジェクトがなさそうな会社」と映るリスクが大きい。ある日系企業が営業部長を募集した際、欧州全域が責任範囲であったにもかかわらず説明がなく、候補者は採用プロセスのほぼ最後になるまでフランスだけを担当するポジションだと思いこんでいたという笑えない話もある。

フランス人の管理職の多くは2〜5年おきに、より有利な条件と大幅な昇給を求めて転職する。一方、日系企業の場合は、他社でどれほど経験のある人材でも「自社のことを知らない新入社員」という見方から、入社時の給与水準が他社より低いことが多い。こうしたことが日系企業への就職をためらわせる大きな要因となっている。実際には、日系企業では入社後の定期昇給が確実で、数年間勤務すれば他社の同クラスの管理職を上回る給与も期待できる。加えてボーナスにも旨味がある。こうした慣行は労働契約に明記されないため、採用の際には、粘り強くその点について説明し、信頼感を醸成してアピールする努力が一層必要になる。

「我慢」や「自主性」、考え方の違いを心得る

フランスの職場には、日本流の「根回し」の背景にある「周囲に合わせなければ」という「我慢」は存在しない。上司と気が合えばチームを組んで数年間働き、上司が退職すると自分も転職先を探す。そのため2年程でチームのメンバー全員が入れ替わることも珍しくなく、他の欧米諸国と比べてもこの傾向が強い。なかには10年以上定着する人材もいるが少数である。日系企業が現地人材を採用する際には、長く働いてもらおうと安易に期待すると、失望することになる。
そのほかに、日本人の意識との間に大きな差があり、実際の仕事のうえで摩擦を招きかねないのが「自主性」についての考え方。フランス人管理職は、管轄下の問題についてスピーディに決定を下すことが自分の存在意義であると考えているのに対して、日系企業は現地管理職に「本社との間の信頼できる調整役」であることを期待している。本社の稟議の結果を待つのに半年かかるのであれば、こうした企業文化を予め予め説明して理解を得ておくことが円滑な雇用関係には不可欠である。「形式」や「期限」を「内容」と同水準で重視する日系企業の流儀も通じにくい。

労働法を順守して雇用関係を保つ

フランスは労働法上の規制が厳しいのではないか、との懸念を示す日系企業も多い。他方、規制が体系化されているだけに、明文化された規則をマニュアル通りにきちんと尊重していけば問題が起こりにくいというポジティブな面はあまり認識されていない。正規雇用であれば、文書による雇用契約も義務ではない。ただし、問題が起きた場合に備える意味からも、雇用契約を通じて条件を明文化しておくことが望ましい。係争や解雇の必要性が発生した場合にも、専門家のアドバイスを受けてルールを一つひとつクリアしていけば雇用主は必ずしも損をしない。正当な理由による解雇は、法的に認められた雇用主の権利である。
フランス人は決して怠け者ではなく、特に管理職クラスは納得した仕事であれば時間を惜しまずに働く。ただし、残業が続いた次の週には時短に気を配るなど「平均」で週35時間という法定労働時間を順守し、残業代は月単位でこまめに支払い、年間で最低5週間はある有給休暇も「聖域」として認める配慮が必要である。サービス残業という考え方を押し付けてはいけない。サービス残業を受け入れているように見えても、いったん対立が起こると数年間の残業代をまとめて請求されることにもなりかねない。

現地管理職を雇用するには、両国の文化的相違を意識したうえで、社内の方針をフランス風にするか日本式を維持するかを決め、後者の場合には十分な説明努力を行うことを勧めたい。フランス人は合理的であり、説明に納得すれば対応する能力もある。労働法規も、順守している限り雇用主にとってとくに不利ではない。
フランス人が「社風に染まる」ことは期待できないため、フランス人の中でも性格的に日系企業の風土や流儀に適応度が高いと思われる人物を、人材の専門家の目利きを得て選ぶほうが間違いない。
フランス人は日系企業について概ねよいイメージを持っている。しかし、外から見たときには日本人の長所と映る真面目、堅実、礼儀正しいといった風土も、いったん組織内に入ると、フランス人にとっては理不尽な拘束と感じてしまう場合もあるため、こうした点についても事前の説明が有益である。

「取材・執筆協力」:KSM NEWS & RESEARCH

河村 映子(かわむら えいこ) 氏
Jouet-Pastre InternationalのJapanese Operations Director
1970年名古屋市生まれ。在仏15年。
日本の大学でフランス語を専攻したことをきっかけに渡仏。2004年、Jouet-Pastre International入社。Japanese Operationsの責任者として、欧州、とくにフランスの日系企業向けに顧客開拓と労務面でのサポートを含めた人材紹介を行う。「企業は人が作る。企業は人を成長させる。」を信念としている。