専門家が語る、現地人材採用のコツイギリス流の採用・定着戦略

Wan Pang氏

多様な個性への理解が求められるイギリスで、能力の高い現地人材が「この会社で働きたい」と集まるような職場にするためには、何が必要か。また、企業がその地に根付いて長く事業展開を続けるためには、採用した現地人材に対して配慮すべき点もある。イギリスとアジア全域で10年のエグゼクティブサーチ経験を持つReccelerate(リクセレレート) のワン・パン氏は、日系企業がイギリスで直面する問題点を挙げ、現地人材を確保するために取り組むべき解決策を提案する。

◆文化、語学、ダイバーシティなど、現地の価値観を理解する姿勢が、優秀な人材の採用につながる。
◆現地のシニアマネジャーを雇用して、「今後も自社がイギリスで事業を続けて現地人材を育成する。」という意志表示をする。

イギリス流の採用・定着戦略

在イギリスの日系企業は、なぜローカル人材を惹きつけ長く働いてもらうことに苦戦するのだろうか。
本コラムでは、この問題に悩む採用マネジャーが、最良の人材に長期間活躍してもらえるような就労環境を創り上げ、諸問題を克服できるように、解決策を提案する。

イギリスの労働市場

企業は過去数年間にわたり、採用人数を控えて欠員補充や従業員の生産性向上で対応していたが、2015年に入り、景気見通しの改善から従業員数を増やそうとする兆候が見られる。そのような状況下、採用で優位に立つ企業とは、その規模にかかわらず、経営体制と人材育成システムがしっかりした会社といえるだろう。あらゆる業種で質の高い候補者への需要が高まり、企業側は候補者に対して、報酬や昇進などを組み合わせた魅力的なオファーを提示することが必要になる。
さて、どのような企業が採用で成功するのだろうか。今後は、候補者が採用条件を満たすかどうかひとつひとつ審査する企業よりも、候補者が職務をこなせる人材へと成長させるチャンスを与える柔軟な企業だろう。さらに、成長できる長期的な定着プランも準備されていれば、なお良い。
在英日系企業は能力の高い人材の採用と定着に苦戦しており、日系企業というブランドも欧米企業に比べて一般的に好印象ではないのが現状だ。

現地人材が「長く働きたい」と思う職場にするための、課題と解決策

1) 文化的な壁の存在
日本人シニアマネジャーは、進出国の文化について、その複雑さを理解していないことがある。海外で働く日本人は、日本人同士で緊密につながり、日本人だけで行動し、リラックスしたい時もビジネス上の付き合いでもゴルフをする。しかし、イギリス人スタッフはサッカー、ラグビー、クリケットなどを好み、社会、政治、その他自分たちやイギリス全体に影響を及ぼす事象について語り合う。

⇒日本人マネジャーは、多文化に適応できる"自信"と"好奇心"のある人材がいい。ローカルのコミュニティに積極的に参加することや、国際的な地区など居住地の考慮も必要。ローカルのクラブやスポーツチームに参加し、地元の友達を作り、国際的な地区に住み、日本とイギリスの違いや類似点について理解しようと努力する。そのためには純粋な好奇心や自信が必要とされる。本社の人事部は、日本人駐在員を選ぶ際に、このような能力を重視すべきである。

2) 語学力の問題
現地スタッフとオフィス内外で自由に会話ができる語学力は、文化と仕事の課題をクリアするためには不可欠である。しかし、日本人の英語能力は世界の英語力ランキングで低い上、イギリスは全土にわたって訛りや方言が多いため、日本人マネジャーにとってハードルが高い。

⇒社員が必要とする場合、海外赴任前後の語学研修は極めて重要である。
同時に、日本語が話せるイギリス人を採用して、採用後も希望者には日本語研修の機会を提供すれば、円滑な異文化間コミュニケーションに多いに役立つだろう。 日本語が堪能でないシニアマネジャーを現地で採用した場合、社内では英語でマネジメントについて話し合い、採用された人材が社内で疎外感を抱いたり蚊帳の外にいるように感じさせないよう配慮して、時には本社に同行させることも大切である。

3)ダイバーシティに欠けたマネジメント層
日系企業は民族、ジェンダー、性別の多様性を受け入れることに、かなり遅れをとっている。信頼できる有能な現地のシニアマネジャーを採用してイギリス市場の事業を任せる、それは日系企業にとって権限の一部を渡すことになり、リスクを伴うように見えるかもしれない。
日系企業ではほとんどのシニアマネジメント層を日本人が占めているため、現地人材にとっては昇進の限界が明らかで、採用と定着にネガティブな影響を与えている。イギリス企業の日本支社をみると経営陣は通常全員日本人だが、その逆は稀である。

⇒イギリス国内でシニアマネジャーを採用することは、日系企業が「ダイバーシティを享受し、今後イギリスで長期間にわたって事業展開し、現地人材を育成していく」意志表示になる。イギリス国内での適任者を見つけて採用に漕ぎつけるためには、日系企業にシニアマネジャーを紹介した実績があり、日系企業の性質や自社ブランドの宣伝方法を理解している評判の良い現地のヘッドハンターを活用すると良い。 芯が強く、独立心があり、異文化を理解できる外交的な現地マネジャーの存在は、成功につながるだろう。日系企業やアジア諸国で就業経験のある人が望ましい。

4) 魅力に欠ける給与と定着システム
能力に応じた給与制度の導入や、現物株や新株予約権を付与するストック・オプション報酬の導入に関して、日系企業はイギリスの競合他社に立ち後れている。日系企業では個人の活躍よりもチームとしての成功が尊ばれている。

⇒終身雇用や年功序列といった概念は、イギリスでは浸透していない。人材コンサルティング会社やヘッドハンターに定期的に相談して、報酬の相場や、基本給と能力給のバランスを理解しておくことが大切である。ストック・オプション報酬を提供できないなら、長く働いてもらうために、海外での業務、プロジェクト、充実した研修など、その他の手段を検討しよう。
従業員が退職する際には、退職理由を詳しく聞いて問題の真意を把握し、残念な離職が繰り返されないようにすべきだ。

5) ビジョン/ミッションが、イギリスの従業員と共有されていない
企業にとってイギリスが戦略的にどれほど重要か、現地のスタッフをどれほど大切に考えているか、ということについて、時間をかけて従業員に伝えているだろうか。

⇒従業員にビジョンとミッションを説明する時間を割き、会社が掲げる「理念を実践している」ことを伝える。社会的責任のための活動、募金活動、チームのイベントへの参加は、理念の実践を見せるという意味で重要である。

6) 業務内容が認知されていない
比較的規模の小さい日系企業では、日本語ページを英訳しただけのウェブサイトを掲載していたり、ソーシャルメディアも活用していなかったりと、人材を惹きつけるためのツールを活用しきれていない。

⇒自社のウェブサイト、リンクトインやフェイスブックなどのソーシャルメディアを通して、ブランド力を上げるためのマーケティングをしよう。
ソーシャルネットワークを通して企業の認知度を高めるために、効果的な従業員紹介(リファラル)システムと併行して、採用キャンペーンを実施すべきである。

1997年に提唱された「人材獲得競争(The war for talent)」という表現は、今日の状況、特に開発途上の市場で手がかりを模索している外資系企業にも、当てはめることができる。いつの時代も「人材」は、会社にとって何よりも大切な資産である。イギリスで最も成功している日系企業は、ビジネスをローカライズする方法を編み出し、グローバルな慣習を受け入れ、魅力的な就労環境や報酬、従業員を定着させるシステムを構築している。

Wan Pang (ワン・パン)氏
Reccelerate(リクセレレート) 業務執行取締役
イギリスおよびアジア全域で10年のエグゼクティブサーチ経験を持つ。不動産からテクノロジーや消費財まで幅広い分野を手がけている。2010年初めにリクルート・ホールディングスが香港でビジネス展開を始めた時に設立したRGFのオリジナルメンバー3人のひとり。2011年、Bo Le Association香港オフィスに赴任し、2013年12月までシニア・コンサルタントを務めた。その後、リクセレレート香港に移籍し、リーダーとしてリクルーティング会社や社内人材の開発を求める企業のために、アジア全域における人材獲得活動の責務を担っている。