全国就業実態パネル調査「日本の働き方を考える」2017働き方改革で収入は減ったのか 坂本貴志

生活者にとって労働の対価としての収入は生計を営むために必要不可欠なものであるが、同一企業内でどうすれば収入を増やすことができるだろうか。

仕事の実績を高めることも選択肢の一つとなろうが、簡単に収入を増やすための手段としてまず思いつくことは、残業時間を増やすことである。残業時間を増やせばそれが評価につながり収入が増える。また、より直接的な効果として、残業時間の増加で所定外給与を増やすこともできる。

一方、働き方改革によって残業時間が減少すれば、企業側が従業員への報酬を実質的に減らすことになるのではないかという懸念もある。そこで、本稿では、「全国就業実態パネル調査」を用いて、2015年から2016年にかけて労働時間を減らした人が実際に収入を減らしたのかを確認し、働き方改革による労働時間の減少が働くひとの収入にどのような影響を与えているのかを検証する。

労働時間の減少で収入が減った人は少数派

2015年に55歳未満であった正規雇用者(転職した者を除く)を対象に、週労働時間の増減と収入の増減との関係を比較したものが図1である。これをみると、年度が変われば定期昇給をしたり評価があがったりすることで、全体的に就業者の年収は増加する傾向があることがわかる。

また、週労働時間の増減別にみると、週労働時間が増加した人のほうが、確かに収入が増加した割合が高いといえる。しかしながら、残業時間を大幅に増やした人(週労働時間が4~10時間増加した人)でも、給与を大幅に増加させている人はそこまで多くないことにも着目したい。また、労働時間が減少した人も、労働時間を増やした人ほどではないにせよ、着実に収入を増加させており、収入が減少した人は少数派であることがわかる。

図1 2015年から2016年にかけての労働時間の増減別の年収の変化

労働時間の減少が時給の増加につながる

一方、時給はどうなったのか。年間収入を年間労働時間で除することで時給を計算し、週労働時間の変化と時給の変化との関係をみたものが図2になる。こちらをみると、労働時間の増減の影響が鮮明に表れる。すなわち、労働時間を減らした人ほど時給が増加しており、労働時間を増やした人ほど時給が減少している。2015年から2016年にかけて労働時間を4~10時間減らした人の3人に2人以上が時給を300円以上増加させており、4人に1人弱が時給を500円以上増加させることができた。

図2 2015年から2016年にかけての労働時間の増減別の時給の変化

労働基準法では、就業者を残業させた場合にはその残業時間に応じて割増賃金を支払わなければならないものとされている。それにもかかわらず、残業時間を増やした人ほど時給を減らし、また給与の増加もそこまで大きくない。このような現象が生じているのはなぜなのだろうか。

その理由の一つには、管理職など管理監督者や裁量労働制の適用者など、割増賃金支払いの適用除外になっている人がいることがあげられる。また、2点目に割増賃金の不払いも相当程度発生しているものとみられる。割増賃金の不払いは、企業側が意図的に一定時間以上の残業代を支払わないようにするケースもあるだろうし、就業者が企業側に遠慮して残業時間を過少報告したといったような場合も含まれるであろう。

収入を維持したうえで、自由時間を増やすことは十分可能

残業時間の削減は必ずしも給与の減少につながるものではない。働き方改革は、企業の人件費節約のために行われるものではなく、生産量の増加につながらない過度な残業を減らすことで、一人あたりの労働生産性(生産額/労働時間)を高める取り組みなのである。

もちろん、企業には、働き方改革による労働時間の減少で所定外給与が減少したのであれば、それを原資として就業者の基本給や賞与に還元することが、これまで以上に強く求められるだろう。働き方改革の実現は、単位労働時間あたりの収入上昇で一定の収入を確保したうえで、就業者が趣味や自己啓発、育児、介護など充実した時間を過ごせる環境の実現につながる。これからも、政府、企業、就業者が一丸となって、働き方改革をより一層浸透させていくことが期待される。

坂本貴志(リクルートワークス研究所 研究員/アナリスト)

・本コラムの内容や意見は、全て執筆者の個人的見解であり、所属する組織およびリクルートワークス研究所の見解を示すものではありません。