人材マネジメント調査「数字で読み解く人材マネジメント」給与と昇進施策の2つの特徴

1990年代後半以降、多くの日本企業が、従業員のモチベーション向上と挑戦意欲の喚起、人件費の効率化を目的として成果主義を導入してきた。その結果、年功制をベースとした画一的な給与・昇進制度を採る企業は減り、個人の業績や成果に基づいて評価がなされるようになり、給与や昇進に差が生じてきた。しかし、その効果に関しては、20数年が経過した今でも賛否両論がある。それでは、従業員のモチベーションを喚起し、やりがいを感じさせることができている企業では、どのように給与や昇進を設計しているのか?

本コラムでは、東証一部上場企業の人事部を対象とした「Works人材マネジメント調査2015」(回答数:176社)の結果を用いて、給与と昇進施策の現状を概観する。分析では、給与と昇進施策についての以下の6つの設問を用いている。

<分析で用いられた設問>
①等級数、②非管理職の同一等級内での給与差、③課長職の同一等級内での給与差、④新入社員に給与差を付け始める時期、⑤平均的な課長昇進年齢、⑥平均的な部長昇進年齢

意外と小さい産業や企業規模による影響

一般的に、給与や報酬、昇進をはじめとした人事施策は業界特性や企業規模による影響が大きいと考えられている。たとえば、企業規模が小さい、サービス業は給与差を付けやすく、昇進年齢も早いと思われがちだ。しかし、調査結果では、業界や企業規模による影響はそれほど大きくないことを示唆している。図表1と図表2では、製造業か非製造業かという業界特性と売上高による給与と昇進施策の取り組み状況の違いを表している。

図表1.給与・昇進施策の業種による違い

図表2.給与・昇進施策の売上高による違い

分析の結果、非製造業の方が製造業よりも課長や部長への昇進が早い傾向にあることがわかったが、等級数や給与差など、その他の施策では明確な違いを見出すことができなかった。

報酬や昇進施策の設計に個社の事情が色濃く反映されるようになっているために、業種や企業規模などの特性で一括りに語ることが難しくなってきていることが窺い知れる。

給与差や昇進速度をインセンティブとすることの難しさ

次に、給与や昇進施策の大きな目的の1つである、従業員のモチベーションを高めるインセンティブ効果について考えてみよう。人事部による従業員のモチベ―ションと仕事へのやりがいに関する自己評価を得点として、給与と昇進施策の違いによって差が生まれるのかについて検討した(図表3)。その結果、等級数の設計や同一等級内での給与差、昇進年齢は従業員のモチベーション評価とほとんど関係がないことがわかった。唯一、新入社員の処遇や給与に差を付け始める時期が早い企業ほど、モチベーション評価が高い結果が出ている。

このことから、キャリアの早い時期から処遇に差を付けることが競争的な環境を作り出し、インセンティブとして機能していることが窺い知れるものの、全体的には早い昇進や給与に幅を持たせることはインセンティブとしての効果が薄いという結論が導き出される。

図表3.給与・昇進施策によるモチベーション評価の差

給与や昇進などの経済的なインセンティブが、モチベーション・マネジメントと結びつきにくいということは以前からよく指摘されている。古くは、フレデリック・ハーズバーグ教授の「二要因理論」が例として挙げられるだろう。給与や報酬はモチベーションを減退させない衛生要因であり、やる気を引き出す動機付け要因は仕事の面白さや自己実現など業務の内容や質に起因するという理論だ。近年では、ダニエル・ピンクやエドワード・デシに代表される「内発的動機付け理論」でも、高い給与や報酬は従業員のモチベーションを必ずしも喚起しないということが示唆されている。

しかし、従業員の業績や成果に応じて給与差を付け、昇進時期を早めることの効果がないとは必ずしもいえないだろう。適切な対象に適当な差を与えることによって、モチベーションを喚起することは可能である。ただ給与や昇進年齢に差を付けることが重要なのではなく、給与や昇進に差を付けることで、誰にどのようなメッセージを伝えるのかが肝要になる。このことは、行動経済学者のダン・アリエリーの著書『予想どおりに不合理』(早川書房)でも似たような事例が書かれている。

【まとめ】

調査結果にも示されたように、給与や昇進制度でモチベーションを高めることは容易ではない。高い給与や早い昇進など、経済的合理性のみでモチベーションが上がることは残念ながらあまりないためだ。そのため、給与や報酬に差を設けるのならば、その意味や意図が伝わるように、しっかりとしたメッセージ性を持たせて設計することが要諦となる。

参考文献
エドワード・デシ、リチャード・フラスト、桜井茂男訳(1999)『人を伸ばす力‐内発と自律のすすめ』、新曜社
ダニエル・ピンク、大前研一訳(2010)『モチベーション3.0‐持続する「やる気!」をいかに引き出すか』、講談社
ダン・アリエリー、熊谷淳子訳(2013)『予想どおりに不合理‐行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』、早川書房
Jacoby, S. M. (2007). The embedded corporation: Corporate Governance and Employment Relations in Japan and the United States.