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インターネット銀行 成功の要因
「今日は銀行に行くので、朝から、ワクワクする」 そんな思いを個人が抱く機会が、どれくらいあるでしょうか? 我々もこのメッセージを聞いたとき、目から鱗が落ちる思いでした。
昨年上半期の研究課題のひとつとして、「インターネット銀行の成功の条件」を取り上げました。日本では近年、インターネット専業銀行やコンビニ銀行といった新しい枠組みの銀行が、金融業界に参入し始めています。金融プレーヤーのあり方を研究している立場からこの課題を選び、取り組んだわけです。取り組み当初の仮説では、インターネット専業銀行の成否を分けるものは、高度な情報技術や情報分析力、システム設計のあり方ではないかと想定していました。
ところが、欧米の先駆事例をリサーチしたところ、複数の理由のなかから、「顧客満足」というマーケティングの観点が大きな影響要因として浮かび上がってきました。「インターネット銀行の成功の条件」として、「インターネットを通して個人とどう付き合うか」という普遍的な命題への取り組みにいきついたわけです。しかも、欧米で語られている顧客との関係の捉え方が、日本で一般的に知られている「顧客満足」の概念を大きく越えたものでした。
米国のリサーチで出会ったある金融コンサルタントはいわく、「今やるべきことは、CEだよ。インターネット専業銀行? いまさら、そんな小さな課題に絞って研究するのはやめなさい」。こんなふうに、欧米の銀行関係者、金融コンサルタント、マーケティングコンサルタントが異口同音に語ったキーワードが、
Customer Experience (CE)―「顧客経験」という言葉で表現された顧客満足の重要性でした。
ブランドイメージは顧客が構築する
CS(Customer Satisfaction: 顧客満足)という言葉はよく知られていますが、「CE」、すなわち「顧客経験」という言葉は日本ではほとんどまだ知られていません。CEは、「ブランドイメージの形成」を大きく左右するコンセプトです。背景からご説明します。
最近、あらゆる業界で下克上が起こっています。Charles SchwabやE*TRADEは巨大証券会社を震撼させ、Amazon.comは多くの書店員を失業に追い込み、FedEx やSTARBUCKS COFFEEはいつの間にか街中で見られるようになりました。
これら勝ち組、負け組を分ける勝因はどこにあるのでしょうか。
我々は、成功者は、「圧倒的に優れた業務内容、ビジネスモデルをもっている」か、「強いブランドイメージがある」かの2つの条件のうち、少なくともひとつを有していると分析しています。
Charles SchwabやE*TRADEは、圧倒的に安い手数料で、証券取引を行いました。そもそも売買差益を出すことが主目的の株式売買では、手数料は利用者にとって目の上のコブです。この手数料を大幅に引き下げたことは圧倒的といえる優れた点であり、それまで、インターネット取引は顧客とのつながりが弱くなる等の理由で「進出しない」方針を表明していた巨大証券会社の多くが、この成功により相次いで方針を変更し、インターネット取引を開始せざるを得なくなりました。
また、読者の少なからずは、FedExで荷物を送ったことがあると思います。早くて確実、配達状況の確認が24時間可能などの代わりに、価格は少々高い。高いことは皆が知っています。そして、会社に来て、FedExの封筒が机の上に置いてあるのを見つけた人は、こう思うのです。「早く開けてみよう。何しろ、FedExで来たんだから。(大事なものに違いない)」。消費者がこのように無意識に思うようになったのなら、それは非常に優れたブランドイメージといえるでしょう。
ブランドイメージとは、企業がつくろうとしてすべてをつくりきれるものではありません。そうではなく、その企業に関するすべての個人的な経験を通して、顧客の頭のなかに自然に生じるものが、最終的な「ブランドイメージ」をつくりあげていきます。
重要な書類はFedExで送る、STARBUCKS COFFEEでくつろぐといった個人的な経験を通して、企業のイメージが顧客のなかにできていきます。また、やや極端な例を挙げると、「A社の車が、通行の妨げとなるような駐車の仕方をいつもしている」「電車のなかで他人が『B社は経営が危ない』と噂していた」といった経験は、その企業の直接のサービスとは関係ありませんが、その経験に接した顧客の頭のなかのその企業のブランドイメージに、マイナスの影響を与えます。
CEとは、こういった「顧客のあらゆる経験」であり、「その企業に関する、顧客のあらゆる経験に配慮したブランドイメージ構築」を行おうとするコンセプトです(図表1参照)。
では、従来のCS(顧客満足)とCEはどう違うのでしょうか?
CSは、誤解を恐れずにいうと、「不満足の要素を取り除くこと」です。CEはCSの概念も含みますが、もっと範囲は広くなります(図表2参照)。今はどの企業も顧客満足に注力し始めているので、CSを重点的に行ったとしても他社と大きく差別化をすることは困難ですが(逆にCSに失敗すると他社に差別化されてしまうため、CS自体、「やらなければいけないもの」となり始めている)、CEは、積極的な差別化手段として有効です。
そして、この積極的手段としてのCEをいくつかの欧米企業が取り入れ始めているのです。
| 図表1 ブランドイメージの形成 あらゆる経験を通してブランドイメージを形成する |
| 図表2 CEとCSのカバレージ CEのカバレージは、CSを含み、それを広げたもの |

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バーチャルとリアル、コミュニティの拡大・循環
インターネットのB to Cビジネスでは、これまでとは違う2つのことを考慮しなければなりません。その第1は、消費者のネット上での購買行動を助ける、「評価」の仕組みです。
すでに数年前に設立された欧米のインターネット銀行は、米国では、口座獲得数が数万から数十万と損益分岐点に程遠く、ビジネスに失敗している状況ですが、欧州では、Egg(英)が100万口座以上、ドイチェ24(独)も80万口座を獲得し成功しつつあります。
その成否を分けている点のひとつとして、口座開設手続きがあります。米国のインターネット専業銀行では、口座開設手続きの書類を取り寄せておきながら郵送しない人が多いのですが、その理由をある金融コンサルタントは、「記入中にわからないところがあった場合、従来なら窓口で質問できるが、インターネット専業銀行では自宅でひとりで記入するため、わからない点があるとそこで諦めてしまうのだ」と解説しています。米国では、顧客のセグメンテーションがはっきりしていて、重要顧客に教えるコールセンターナンバーと、そうでない顧客に伝えるコールセンターナンバーが異なるというのは、通常の銀行業務でもよくあることです。ましてや、ネットのためにコールセンターを充実させることはしていません。一方、例えば英国においては、この問題はほとんど顕在化していません。英国では伝統的にすべての顧客を対象とした良質なコールセンターサービスがあり、なおかつ「わからない点があったらコールセンターに電話する」という習慣が顧客に定着しているためだと思われます。
つまり、消費者は、ネット上で商品を「発見し」、「興味をもった」ら「購入する」わけですが、この「購入する」の前に、その商品に関しての「評価」ができるような仕組みを入れておくことが重要なのです(図表3参照)。「評価」とは、他の消費者の推薦であったり、不安な点を問い合わせられるコールセンターサービスであったり、売上シェア等マーケットにおける情報であったりです。
そして、第2の考慮すべき点は、コミュニティへの配慮・支援です。 ネット上のコミュニティでは、商品に関する意見や購買の体験談が頻繁にやりとりされています。他の消費者の購買行動も、その意見や情報に左右されます。バーチャルなコミュニティの拡大です。
これまでも、ネット以外のリアル・ワールドでもこのようなコミュニティの成長はありました。英国のマーズというお菓子メーカーは、お菓子の箱のなかに小さなカードを入れていて、何か意見があると消費者はこのカードに書いて郵送します。マーズはこの声に応えて、商品を見直す等の返事を送り、マーズファンの消費者を増やしてきました。
メーカーはもともとこのようなコミュニティをもっていました。しかし、バーチャル・コミュニティの拡大により、あらゆる業種・企業が、コミュニティの力を無視できなくなっています。例えば情報関連企業のシスコシステムズには、シスコと無関係に、「シスコ 友の会」といったコミュニティがネット上にできています。そのようなコミュニティでは、シスコに愛着をもった、有用で、しかし歯に衣を着せないコメントや情報がやりとりされます。このようなコミュニティに企業が直接働きかけることはできないかもしれませんが、その重要性を認識しなければなりません。逆にいえば、こういうコミュニティが育ってこないとモノやサービスが売れないのです。
"Man of the Street"(市中の人)を標榜する英国のリチャード・ブランソンが設立した銀行Virgin Direct銀行がとった戦略は、「銀行といえば敷居が高い」と思っている英国のコミュニティに配慮し、「大企業や一部の富裕層だけでなく、一般の人のための銀行として行います」というものでした。そしてその結果、高い支持を獲得しています。
これらのコミュニティを左右するのは、顧客経験(CE)です。
以前は、「購入」の段階までで購買行動はほぼ帰結していました。企業もその段階までを主に考慮すればよかったのですが、コミュニティの力の拡大により、現在は購入以降のコミュニティの状態まで配慮し、顧客経験の向上や情報提供等を行う必要が出てきています。しかも、これらの購買プロセスはリアル・ワールドとバーチャル・ワールドをいったりきたりしながら進みます。企業としては、そのようなプロセスにおいて、「購入する」にいたるまでバイヤーをひきつけ続けられるよう購買行動を予測し、店舗やネットの設計、人の教育を考えねばなりません。
| 図表3 バイヤーのE行動?Buying Processの変化 |
出所 : 日立総合計画研究所 作成
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企業の関係者の行動すべてが顧客経験となる
冒頭の「ワクワクするような銀行」という言葉は、決して誇張ではありません。この言葉を語った米国の金融コンサルタントJohnRyan社は、実際にこのコンセプトにのっとりワクワクする銀行を作るためにCEを重視し、エンターテインメント性豊かな店舗の設計・製作を得意としています。
英国の金融業界でも、このコンセプトを活かして成功をおさめているEggやVirgin Directといった企業が出始めています。昨年秋、ある英国のマーケティングコンサルタントは、「これまでCEは小売りやサービス業に広まっていたが、今、それが金融業界にまで及んできた。といっても、まだ新興企業が中心だが。しかし、先日Barclays銀行がCEについて聞きにきていたから、日本で取り組むとしてもまだ遅くはないよ」と言っていました。
CEは、顧客と企業とのあらゆる接点に存在します。顧客は届いた郵便物の些細な表現に怒りを覚えたり、マスコミで伝えられる経営者の姿に信頼や不安を抱く一方で、実際に店舗で従業員と接する際はその一挙手一投足を見逃さず、ひとりの従業員の対応によって心がなごんだり、店舗デザインやそこで働く人々の行動の雰囲気から、先進的でシャープな印象をその企業にもったりしています。CS(顧客満足)の競争は、少しでもマイナス点をなくし、質を上げる上向きの同一方向のベクトルの競争ですが、CE(顧客経験)は企業ごとにさまざまなベクトルが成立し、差別化された強みとなりえます。「心がなごむ」というCEも、「シャープで迅速」というCEも、どちらもCEとしては方向が違っても上向きのベクトルです。顧客があらゆる経験を元にブランドイメージを形成するということは、企業活動のすべて、関係者の行動のすべてがブランドイメージ構築に寄与することを意味します。顧客接点を担う人材はもちろん、企業の全員が、それを意識する必要があるのではないでしょうか。
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菅宮徳也(すがみや・とくや)
1981年上智大学経済学部卒業後、日立製作所入社。コンピュー
タ事業部海外技術部、国際情報営業本部を経て、97年より日立
総合計画研究所にて研究に携わる。97年産業グループ、98年よ
り金融グループに所属し、金融プレーヤーのあるべき姿を情報シ
ステム技術活用の面から研究。論文に「デジタル革命とネットワ
ーク社会」(全国地方銀行協会月報、98年)、著書に『Eコマースバ
ンキング戦略』(東洋経済新報社、2000年)等がある。 |
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小沼光良(こぬま・みつよし)
1986年早稲田大学理工学部応用物理学科修士課程終了、同
年日本銀行入行。電算情報局、考査局、システム情報局を経
て、99年日立総合計画研究所に出向。現在、同所金融グループ
に所属。2000年12月に、「インターネット専業銀行の動向に学ぶ
ネット時代のブランドイメージ構築戦略」を発表。 |
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『Works No.45「顧客接点」のマネジメント』(2001年4月発行)掲載
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