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『属人の知』から『プロセスの知』へのシフト

神戸大学大学院経営学研究科 助教授
経営学博士(MIT) 商学博士(神戸大学)
小川進


2001 年 4月 10 日

市場の不確実性の増大

 現在のマーケットは不確実性が高く、今日売れているものが明日売れなくなることもありうる状況です。市場の不確実性の増大に伴って、営業のあり方も変化してきています。これまで業種を問わず基本であった属人的営業が、組織として営業を行う方向、すなわち「プロセス営業」へと変化してきました。「プロセス営業」とは、営業のプロセスを明らかにし、そのプロセスを組織として共有・協働しながら営業を行っていくというスタイルです。目標数字だけを与え、やり方は営業担当個人にまかせ、営業職を市場に大量投入する従来のやり方ではマーケットの変化を捕まえることは難しく、90年代に入ってから、このプロセス営業へのシフトが起こってきました。


複数の営業担当が協働作業

 「プロセス営業」の例として、例えば、約20年も前からその方法を行っているタカラベルモントという企業があります。タカラベルモントは、理容や美容の関連設備機器の製造、販売、輸出入、および店舗・医院の設計・施工等を主な事業とし、創業が大正10年、設立が昭和26年という歴史のある企業です。売上高は504億円(2000年3月期)、従業員数は1159名(2000年6月末現在)。このタカラベルモントの営業方法に、理容椅子や美容椅子を購入した顧客に、10年たった時点でDMを送る、というものがあります。

 送付したDMに対し反応があった場合、ベテランの営業担当がまず顧客のところへ伺います。ご存知のように日本の歯科医や美容院の椅子は高性能ですから、価格も高い。顧客に購買意欲やニーズがあったとしてもすぐに購入とならず、融資を受けないと購入できない場合もあります。タカラベルモントのベテランの営業担当は、訪問した顧客が、「椅子の一部の機能を新しくしたいのか、そもそも店舗全体を改装したいのか」「資金繰りはどうか、融資を受けられるのか」「タカラベルモントへの好感度はどうか」といったことを、短時間のイニシャルコンタクトで判断します。判断したあと、実際に顧客に提案し交渉するのは中堅の営業担当の役割です。そして、成約の段階にいたれば、誰が成約実務をしてもそれほど変わらないので新人が担当します。

 つまり、営業のプロセスを明らかにし、その過程を複数の営業担当が協働して行っているのです。


属人的な知から、組織の知へ


 あるいは、ある住宅メーカーでは、顧客満足と営業プロセスの相関を分析したところ、顧客満足を高め成約に結びつける要因は「積極的に提案すること」だとわかり、緻密な提案集作りを行っています。

 例えば、“公園デビュー”をするような幼い子供がいる家族が顧客の場合、「不意のお客様が来ても散らかっているのが見えないような“仕切り”を客間との間につけましょう」と、営業場面ではモデル図面をもとに説明をします。“仕切り”は、公園デビューをすると、今度は知り合った家族を家に招き合うことになり、招くときには「派手な家と思われないか」「散らかっていて、だらしないと思われないか」と非常に気を遣う場合が多いという、顧客のライフステージ、心理分析から出たアイディアです。

 提案集を活用し、ビジュアルなモデル図面を使いながら顧客の生活に合わせた細かい提案、コミュニケーションをする売り方に変化させたわけです。もちろん、このときの提案集は、属人的に所有されているものでなく、組織として蓄積・共有された知識・情報です。

 また、しまむらという専門店には、高さにすると1メートルを超えるだろうと思われる店舗運営のマニュアルがあります。店舗の掃除の仕方までマニュアルで決まっています。掃除時間は30分。この時間が長くても短くてもだめ、そして円を描くように掃除をしましょう、といった具合です。このマニュアルはルーズリーフ式になっていて、毎月改善提案が出て、約100ページが差し替えられています。各人の創意工夫のもと、絶えず業務プロセスが、変化・更新され、進化していき、それが共有される状態です。

 セブン-イレブン・ジャパンには、このようなマニュアルはありませんが、代わりにフィールドカウンセラーが直接本部と店との間を往復し、その機能を果たします。毎週火曜日に全国のカウンセラーが一堂に会して経営陣との間で共有した方向性や情報を店舗に伝え、スーパーバイズをする役割を果たします。


プロセス営業の利点と限界


 このように、プロセス営業とは、修正を前提とする基本枠組みを決め、その枠組みのなかでプロセスを協働したり、情報や知を共有したりするわけですが、この方法の第1の利点は、何か失敗やうまくいかない点があっても軌道修正がしやすいということにあります。また、プロセスが整理されていると、情報システムを入れやすくなります(逆に、属人的営業が強い場合、システムは入れにくい)。さらに、このプロセス営業のサイクルに顧客からのフィードバックのプロセスを入れると自社の間違いに早く気づくことができます。またプロセス営業は、組織の能力の向上はもちろんのこと、営業担当個人の能力についても気づきや向上を得やすいという利点をもちます。

 その一方で、プロセス営業の限界は、プロセス営業の仕組みそのものをチェックする仕組みがないことにあります。プロセスの基本枠組みを変える判断は、コーポレートガバナンス、つまりトップのリーダーシップにかかっています。これは、企業の勝ち組・負け組を決める要因のひとつです。

 また、プロセス営業を検討する企業の最大の障害は、皮肉なことに、これまで高い業績をあげてきた「カリスマ営業」「トップセールスマン・ウーマン」の存在です。自分に合った仕組み・売り方で業績をあげていたのに、プロセス営業に転換されては個人のやり方も自由も制約されてしまう。「給料は会社からもらうのではなく、お客様からいただくのだ」というトップセールスにおける言葉は、裏を返せば「企業・組織が何を考えようが、お客様が買ってくださっているのだから勝手にやらせてほしい」ということを意味します。

 しかし、猛反発があっても、企業として決断するしか変革の実現はありません。ただし、一気にプロセス営業を入れる必要はありません。ある展示会のときだけ、ある営業所だけで、プロセス営業を導入してみる。売れなかった人が売れるようになれば横展開してみる、といった段階的取り組みが可能です。また、営業職に対して、目標数字の達成だけではなく、「売れる仕組み」を作り提案することで報酬や昇進が決まるようなインセンティブを設計することも大切です。つまり、知識に対して報酬が決まる、というマネジメントです。


自社としての決断

 現在は、プロセス営業を行う企業が増えていっていますが、これは現在の環境がそれを促しているのであって、プロセス営業が常に万能であるわけではありません。

 戦略論とは、複数の代替案のなかから悪い代替案を落としていくのではなく、魅力的ないくつもの選択肢に優先順位をつけていくことです。プロセス営業は、ある意味で、組織として矛盾を多く抱えているところにメスを入れるのに適した方法であり、市場の不確実性に対応する方法ですが、「個人の業績、個人のやり方に頼るのが有効だ」と判断する企業があれば、その方法をとるべきなのです。

 私は、選択肢の多い社会が個人にとっては魅力的であり、企業は人を育てる器だと考えています。個人の裁量にまかせる営業スタイルであるほうが、力も出しきれ、達成感も味わえると感じる営業の方も多いでしょう。すべてがプロセス営業に傾くと、そのような人材の活躍の場はなくなります。経営者の方々には不親切なメッセージかもしれませんが、すべての企業が、今プロセス営業を標榜すべきとは思ってはいません。あくまで、自社の戦略としてどのような組織、営業を行うのか、どう人を育てるのかを考えたうえで、魅力的な選択肢を検討し、決断すべきです。


小川進(おがわ・すすむ)
1964年生まれ。89年神戸大学大学院経営学研究科前期課程
修了、同年神戸大学経営学部助手。同専任講師を経て、94年
助教授。同年米国マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経
営大学院博士課程入学。98年MITより経営学博士(Ph.D.)を取
得。2000年神戸大学より博士(商学)を取得。専攻は、イノベー
ション管理、ビジネス・モデル論、マーケティング・流通システム。
著書に『イノベーションの発生論理』(千倉書房、2000年)、『ディ
マンド・チェーン経営』(日本経済新聞社、2000年)がある。

『Works No.45「顧客接点」のマネジメント』(2001年4月発行)掲載

 
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