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機動営業に向けたコーポレート・ガバナンスの変革が急務

神戸大学大学院教授 商学博士
田村正紀


2001 年 4月 10 日


長期的な競争優位のルール

 営業組織のあり方について、私は非常に危機意識を抱いています。日本企業の営業をめぐるガバナンスの現状には、深刻な問題があるといわざるをえません。
 市場で勝者となるために営業がどれほど重要かを、業界の発展段階(業界の需要成長率に象徴的に表れる)と企業の市場地位(市場シェアから見た企業の業界内序列)の2軸で分析を行ってみました(図表1参照)。その結果、「営業力の強い企業のみが長期的な競争優位性を維持できる」というルールが鮮明に浮かびあがってきました。

 多くの経営者は依然として、製品・技術開発力が競争優位性の中核基盤であると信じています。しかし、実証研究を行ってみますと、もはやそれのみでは戦えない現状が明らかになってきています。卓越した製品・技術開発力にのみ依存し続けられるトップ企業は多くはありません。トップ企業といえども、営業力の強化を図らずに競争優位性を長期にわたって維持することはできません。また、トップ企業に挑戦しようとする企業にとって営業力は、競争優位性を向上させる最も有効な能力基盤となります。これは主として事業レベルに限定した議論ですが、事業複合体として企業を見た場合においても、全体的競争優位性を維持する上で営業力は決定的に重要な位置を占めます。

 このように企業にとって非常に重要である営業力ですが、その実態は、いまだ「大量集中型営業」に終始している企業が多いのが現状です。業績と顧客満足の全責任は営業にあり、市場の勝敗はその営業資源の大量集中投入で決まる。迅速に営業資源を投入するために、標準化された営業職の大量生産と、目標による厳格な中央集権的統制システムによる管理で営業資源投入を成り立たせる。このような「大量集中型の営業のあり方」が制度疲労を起こしているにもかかわらず、低迷した売り上げを改善するべく、本社スタッフや営業管理者の批判の目は営業担当個人に向けられ、報告書の提出や頻繁な情報連絡業務といった社外行動の監視強化や、根性を叩きなおす研修といったことに拍車がかけられています。

 これらの管理強化は、営業を所属企業の販売代理人として扱い、所属企業とその営業担当との間での収支決算を合わせようという考え方です。しかし現在の営業は、顧客企業の購買代理人としても行動する必要があります(図表2‐1、2‐2)。営業環境において、そうならなければ営業が成立しなくなるような構造変化が起きていることを企業は認識しなければなりません。


図表1 新しい競争での優位性基盤

出所:『機動営業力』(日本経済新聞社、1999)

図表2-1 「会社の要求と顧客の要求の板挟みで悩むことが多い」
       という意見への営業マンの回答 
(標本数=669)

図表2-2 「日常の営業活動によって、肉体的にも精神的にも疲労気味だ」
       という意見への反応 
(標本数=669)

顧客の盛衰

 企業は、情報化と国際化を背景とした新しい競争に突入しています。新しい競争において注目すべきことは、顧客企業との取引の仕組みが大きく変わりつつある点です。顧客企業の欲求は多様化し、取引の交渉力は強まり、取引の対象は複合製品とその関連サービスを単位とするようになります。それに伴って、取引における継続性、顧客との関係性構築が重要な要素となり始めています(図表3‐1、3‐2参照)。

 加えて、顧客企業の盛衰も激しくなっています。業界別の売り上げで上位10社の数字を見た場合、上位10社においてすら、対昨年ベースで売り上げの伸びが一番高い企業と一番低い企業との間で、格差の大きいところでは50%もの差が出てきている。勝ち組企業と負け組企業がはっきりと分かれる一方、さらに問題であるのは、その勝ち組企業が毎年変動することです。“囲い込み”という言葉がありますが、囲い込む相手を間違えれば、囲い込んだ顧客とともに衰退する危険性があります。このような環境にあっては、顧客との関係の深耕の一方で、すばやい関係先の転換が必要です。すなわち、動く標的(顧客)に対する「機動性」です。

 製品開発、製造、ロジスティクスの領域では、すでに機動的な企業活動が展開されてきました。新製品も3年で技術の競争優位を失う状況にあって、迅速な製品開発、リーン・プロダクションといった技法が次々に検討、導入されています。営業領域においても、先に述べた「大量集中型営業」から変化すべき姿が「機動営業」です。しかし、企業と市場の接点を担い、企業の創造した顧客価値を市場において多様な顧客企業との個別取引に分解して遂行実現するという、異質なもののマネジメントを問われる営業現場では、製品開発等に比べ「機動性」への変革は進んでいません。

 どうすれば「機動営業」が実現するのでしょうか?

 ここに、個別の営業スキルの向上といったことを超えた、日本企業の営業をめぐるガバナンスの問題が浮かびあがってきます。

図表3-1 営業タスク類型と主要例

図表3-2 目標達成率への基本活動と顧客信頼の影響(営業タスク別)

関連部門との機動連携

 動く標的となった顧客は、「マーケティング・パック」を求めています。「マーケティング・パック」とは、製品それ自体の品質や価格だけでなく、物流サービスや各種の情報提供サービスを含めた「顧客が価格を支払う付加価値要素の複合体」です。

 マーケティング・パックの要請に的確に応えるには、研究開発、製造、物流、顧客サービスなどにまたがる顧客価値創造に関係する企業業務間の調整が必要です。しかし、多くの営業現場では、営業担当個人がこの「社内営業」に時間とパワーをあまりにも使いすぎています。5、6%の企業しか、営業におけるサプライ・チェーンを作り上げていないという現状です。

 営業業務の基本は、企業全体の売り上げを個別顧客との取引に分解して実現することにあり、そのためには、全体が個別を支え、個別が全体を支える仕組みの創造が鍵を握ります。その仕組みを実現するために、ひとつには営業が、顧客価値創造に関わる部門と機動連携する柔軟な営業組織編成が必要です。そしてその鍵を握るのは、トップのリーダーシップです。

 さらに、考えられたジョブ・ローテーションも有効です。漫然と複数部署をローテーションさせるのでなく、顧客価値創造に関係する部署の経験と、協力を仰げるような人のつながりを得られるような合理性のあるジョブ・ローテーションを設計するのです。

ナレッジ・クリエイティブ

 仕事の仕方においては、よくナレッジ・マネジメントといわれますが、私は、営業においては、ナレッジ・マネジメントなんてできないと思っています。自社の商品も顧客企業も絶えず変わる。どういうふうに商売をしていくか、というノウハウが変わる。営業においては、“ナレッジ・マネジメント”というよりも、絶えず新しいナレッジを創造できる仕組みのほうが必要です。「ナレッジ・クリエイティブ」です。

 ナレッジ・クリエイションがいかにして可能になるかといえば、営業現場における上司との対話、議論です。流れに身を任せてしまえば、営業場面で出会うのは、絶え間なく流れいく未分化の経験のみです。その流れを仮説をもって把握し、反省し、上司と議論することで、営業の知識創造が刺激され、言語化され、磨かれます。企業のそろばん勘定から見ると、営業職の教育にかかる費用がペイするには5年必要であるというデータが出ているのですが、これを一日も早く戦力化し、即戦力が当たり前というスピードに時計の針を早めなければなりません。上司の管理スタイルは、この戦力化に重要な影響を及ぼします。

 営業は誰が上司かによって育ち方が大きく変わってきます。しかし、人事は個人を動かすだけで、“どの上司の下につけると育つ”という組み合わせの仮説・理論で配属するというシステムはもっていません。組み合わせの結果は偶然。その現状を救う方法として、「あの上司の下では働きたくない」という拒否権、「あの人の下で働きたい」という希望を認める企業が出てきています。

 いずれにせよ、大量集中型営業で行われた目標による厳格な中央集権的統制システムにのっとったコミュニケーションと、このナレッジ・クリエイティブが行われる議論のコミュニケーションは、まったく異なるスタイルです。

 さらに、こういった議論をするには元になるデータベースが必要です。「ソリューション営業」という言葉が頻繁に使われるようになってきましたが、その多くは自問自答で終わっています。顧客の業界の問題が何であって、顧客企業は業界でどのような位置にあり、どのような課題を抱えているか、という営業知識のストックを元に提案しているとは限りません。“情報化”といいながら、営業ほど情報にお金を払っていない組織はありません。欧米企業では、価値ある情報の共有化と分析は常識ですが、日本企業の営業では情報もなしに、根性だけで“行け”といわれます。

マネジメントの課題

 営業のマネジメントという点についていえば、その第一の課題は、「異質なもののマネジメントの成果をどう測るか」です。営業においては、テリトリー、地域性、顧客属性といった扱う対象が多岐にわたり、営業期間も、数日のものから、数年かかるプロジェクトまであります。営業活動に「数字」は必須ですが、それ以外に営業成果を測るどんなものをどう付け加え、どのように測定するのか? 3年かかる営業を1カ月、または半期の数字で測るだけでは無理があります。

 さらに、業績が厳しいなか翻弄される、「営業職のキャリアパスについての課題」もあります。営業現場からエース級の人材を抜くことに現場の抵抗が強く、経理や人事に異動させて将来の役員候補等として育成することができなくなってきています。異動させないだけでなく、土日も出勤するような連投を命じ、その結果、ゆとりもなく営業で使いつぶされ、先のキャリアパス、ポジションがなくなる事態が起こってきているのです。

 また、「機動営業のイノベーションの成果を、どうイミテーターにつなげて横展開するか」という課題もあります。実験がやりやすいということは、営業組織の利点です。地域ごとに営業組織が分かれているような場合、ある営業所で機動営業の取り組み、変革を行ってみてうまくいったら他の営業組織に横展開すればいいわけです。

 しかし、これらの課題も、トップおよびマネジメント層が、そのことの意味と方向性を理解してはじめて、課題として取り組むことができます。

 昨年聞いた話ですが、ある一部上場企業で、何かの指示間違いで東北支社に「自由にやってよい」との指示が伝えられました。まかせられたということで、内部で議論して取り組んだ結果、東北支社は営業成績がダントツに伸びた。ところがそれを聞いた社長は激怒した。「指揮系統が間違っている。他にしめしがつかない」。その結果、東北支社のやり方は止められ、低い業績の他支社と同じに揃えられたといいます。こんな、修羅場も踏んでいず、判断もできないような“ところてん世代”(バブルの頃、能力がそぐわないのにそのまま上に上がってきてしまった世代)に経営をまかせず、早く若い世代にガバナンスを渡さないと、海外にまったく太刀打ちできなくなってしまいます。こんな基本レベルも含め、営業における人と組織の現状に、私は相当な危機意識をもっています。


田村正紀(たむら・まさのり)
1940年大阪府生まれ。62年大阪市立大学商学部卒。66年神戸
大学大学院経営学研究科博士課程中退。80年神戸大学経営学
部教授に就任。元日本商業学会会長、商学博士。著書として、
『マーケティング行動体系論』(千倉書房、71年)、『大型店問題』
(千倉書房、81年)、『日本型流通システム』(千倉書房、86年)、
『現代の市場戦略』(日本経済新聞社、89年)、『マーケティング
力』(千倉書房、96年)、『機動営業力』(日本経済新聞社、99年)
など多数。

『Works No.45「顧客接点」のマネジメント』(2001年4月発行)掲載

 
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