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半世紀ぶりに省庁再編が行われた当日の、2001年1月6日付読売新聞の朝刊に、厚生労働省が雇用対策法の改正を行い、企業が求人条件に年齢制限を設けないよう努力義務規定を盛り込む方針を決めたことが掲載された。年齢による雇用差別をなくし、リストラ等による失業者の再就職や転職を目指す中高年労働者を支援する狙いで、10月の施行を目指していることが報道された。取材に応じてこの考え方の趣旨を語っているのは、坂口厚生労働大臣で、「年齢制限は極力排除するということで、企業に努力義務を課すことが一番だと思う」と述べた。厚生労働省は、「個別企業への指導、要請をしやすくなり、一定の効果は確実にある」と見ている。
「能力の世の中だと企業はいいながら、能力とは関係のない年齢を資格条件にするのはおかしい」という声がこのところ地面から水が染み出してくるように広がってきており、昨今は、厚生労働省や経済団体の部長クラスからもこうした声が出ていた。この法案の提出は、中高年の求職者に新たな機会をもたらすと同時に、能力主義社会への動きを早めることになるだろう。21世紀に入って最初の雇用に関するニュースがこのことであったことに、雇用変革期の地鳴りが聞こえてきたような気がした。従来、現実社会の動きが起こってから、後追いという感じで、政策を打ち出してきた旧労働省の考え方が変化し、先手とはいわぬまでも少なくとも今の時代を掴みながら手を打とうとしていることがうかがえた。それはまた、今ぐずぐずしていては、国民が幸福感を持てない国になることを、政府・官僚が気付きはじめたということでもある。
2001年の成人式では若者のマナーの悪さに知事が激怒する場面が報道された。少子化に加えて昨今は大学生の学力低下も危惧されている。日本の「人的資源」に赤信号がともりかけているのだ。
明治5年の学制・戦後の昭和22年の教育基本法・学校教育法公布に次ぐ教育改革が急務といわれる時代に入っている。日本は「教育とはなにか」について、能力主義雇用の時代に入ったことを考え合わせ、もう一度原点からとらえ直す必要があるだろう。
人は生まれて間もなく遊びはじめる。たとえば縄飛びやまりつきなど、運動能力が身につく遊び、パズルや積み木やままごとなど、知恵や工夫の力がつく遊び、お手玉や輪投げなど手先の器用さを育てる遊び等々、人はまず遊びながら、能力拡大に向かって育っていく。身体の成長は止まっても、特別なケースでない限り知識の吸収と判断力・心の成長は命が尽きるまで、継続されていく。人間は生涯、能力拡大が可能な動物なのである。
今後教育改革がすすめられていくわけだが、IT化が進む中で、「情報」が人間の脳に与える影響についての研究・考察は果たして十分に行われているだろうか?
たとえば携帯電話は、人間の精神・行動に大きな影響を与える。今の若者達は「ケイタイ」によって思いつきをすぐに行動に移し、欲求を達成できる経験を重ねることによって「待つ」ことや「耐える」能力がどんどん低下しているのである。電車内で化粧をしたり飲食するなど、「好みの世界」に浸ることで社会と分断した自分を創り出す現象を生んでいる。しかしまた一方で、IT化は、一人の人間の体験をふやし、成長のスピードを速めることをも可能にするのだ。
「教育」も「芸術」も「政治」も実は「情報」である。「情報」は、人が生まれて以降、常に脳に刺激を与え、人を育成し続ける。高度情報化時代の教育は、こうした「脳への情報の影響」について深く研究・考察した上でのものでなければならないだろう。情報環境をどう作るか? を含めた教育を考える時代にきている。時代は後戻りできないのである。
20世紀の後半は、大量生産や経済効率が重視され、分野・プロセスの分断化が進行した。互いの関連性を踏まえ、「融合した総合力」を発揮しにくい状況が作り出されていた。21世紀は、個人が持ってうまれた個性と能力・考え方を仕事に活かし、「遊び」「能力拡大」「仕事」を一本のラインとして繋ぎ「一貫した自己育成」を行うことが、必要な時代に入る。アートと技術と科学を融合した能力を発揮したレオナルド・ダヴィンチのような融合力が必要なのである。
雇用においても新しい時代を展望した再統合の動きが生まれてきており、その変化の全体像が明確になりつつある。冒頭でふれた年齢差別のない社会へのアクションもその中の動きのひとつといえるだろう。
日本の能力主義雇用が拡大する中で各個人がエンプロイアビリティを必要とする時代に入り、キャリアカウンセリングと情報提供、個人の能力把握と開発等、教育と就職・転職をつなぐ動きが活発化し始めている。こうした中で人と仕事をつなぐ「情報」の質と活用が重要な「鍵」となっていくと考える。
性別・年齢を問わない「能力」を採用条件とする時代においては、プリントメディアやWEB情報におけるコミュニケーション技術の進化は、人が人として能力を発揮できる時代を創る大きな使命を有している。質の高い求人コミュニケーションが活性化する社会にしていくことは、「人が大切にされ活かされる社会」を創り出すことでもあるのだ。
21世紀は「人権」の時代ともいわれている。性差・年齢にかかわらず人が活かされる「職求選択の自由」という人権がさらに拡大する時代が見えてきた。日本の仕事史を俯瞰するたびに、この時代に生まれた人間の幸運を想う。
21世紀初頭、日本の「一般大衆」は、文字によって記録された歴史上において初めて自らの努力によって自分にふさわしい「生き方」「働き方」を選ぶことができる時代に巡り会えたといえるのではないだろうか? 日本は急速な高齢化・少子化に対応するための具体的なアクションを早めていくことが急務だ。雇用も含めたグローバル化の中で、後追いの対策では、日本の活性化は創り出していけないだろう。
渡邉 嘉子(わたなべ・よしこ)
広告情報研究者・リクルートHRディビジョン エグゼクティブプランナー。
武蔵野美術大学産業デザイン科卒。ナショナル宣伝研究所勤務後、人と仕事を結ぶ情報に興味をもち、74年リクルートに入社。以来「人」を基軸としたコミュニケーションを多角的に研究。広告制作ディレクター・『週刊住宅情報』編集長・『留学生のための就職情報』編集長等を経て現職。日本広告学会評議員・日本グラフィックデザイナー協会広報委員会副委員長・ニューヨークADC会員。著書に『女性のための転職相談室』(日本経済新聞社)『求人広告パワー最前線」』(宣伝会議)等がある。 |
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『Works No.44 機能する「成果主義」』(2001年2月発行)掲載 |
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