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元社員が企業競争力を左右する
――「心理的アタッチメント」と「関係性」の視点


ワシントン大学ビジネススクール博士課程
関口倫紀


2001 年 2月 10 日

近年のトレンドでもある人材の流動化の進展は、企業にとって何をもたらすであろうか。人材の流動化で一歩先を行くアメリカで問題となっているのは、ジョブ・ホッピングの増加とリテンションの困難性である。たとえばシリコンバレーでは、短期間で転職すること、極端には1年か2年で職を変わることがむしろあたりまえのような雰囲気になっている。また、人材獲得競争の激化によって、優秀な人材を自社につなぎ止めておくことは非常に高コストかつ困難になってきている。つまり、人材の流動化によって自発的な離職率そのものが上昇していくなかで、優秀な人材の社外流出もある程度は避けられない状況になっているわけだ。
 その結果として、たとえばIT分野では、マイクロソフトやヒューレット・パッカードなどの企業から人材が新たにドットコム企業を設立してスピンアウトしたり、別のハイテク・ベンチャーに移っていく傾向が見られる。将来は、IT分野に限らず、流動化によって次々と人材が企業の外に出るようになっていくため、元社員が出身企業を取り囲むかのごとく多数存在するようになると予測される(図表1)。

図表1 元社員が企業を取り囲むようになる

元社員は味方にも敵にもなりうる

 多くの人材が企業の外に出るようになれば、元社員がなんらかの形で出身企業と関わる機会が増大してくる。とくに元社員が企業の重要な意思決定を左右する立場にいる場合は、彼らの行動が当該企業の業績に大きな影響を与えることになる。コンサルティング・ファームのマッキンゼーでは、出身者の多くが一流企業の重要なポジションに就くことが多く、そのため経営課題の解決やプロジェクトのサポートにマッキンゼーのコンサルタントを雇う可能性が高まるという好循環が働いている。これは元社員の移籍先が新規顧客や固定客に発展する例である。また、元社員の移籍がきっかけとなって、移籍先と出身企業とが提携関係に発展するケースもある。
 さらに、元社員が出身企業に戻ってくるケースもしばしば見られ、アメリカでは「ブーメラン採用」として注目が集まっている。
※1元社員の採用であれば、すでに能力や相性がわかっているため、まったく新しい人材を採用する場合と比べて手間やリスクが小さくてすむし、彼らが新たに企業外部で得た経験やスキルを再び社内に持ち込んでくれるという利点もある。元社員が優秀な人材を紹介してくるというケースもある。自社のことをよく知ってくれている元社員は、優秀な人材を採用するためのリクルーター、あるいはヘッドハンターとして、最も効果的な採用戦略の一環を担うことにもなるわけだ。※2
 一方で、元社員が当該企業の業績に悪影響を及ぼすような行動に出ることも十分考えられる。たとえば、不当なリストラ対象となった元社員が企業を訴えるケースや、会社の悪い評判をマスコミなどに流したりするケースが考えられる。また、元社員が、当該企業の顧客を奪っていったり、元社員が既存社員を移籍先の企業に引き抜いてしまうということも考えられる。その他、元社員の非協力的な対応によって、元社員のいる企業との提携が失敗に終わったりすることも考えられる。
 人材の流動化の進展によって、元社員が企業外に多く輩出されればされるほど、こういった個別のケースの総和は、出身企業の競争力に大きな影響を与える力として働くことになる。つまり、元社員は、出身企業にとって、顧客や協力者にもなりうるし、競合相手や敵にもなりうるのである。

元社員の行動を左右する要因
「心理的アタッチメント」から見たモデル

 人は企業から出ていっても、その企業には何らかの思いを持ち続けるし、またその思いも変化する。ここで、元社員が当該企業に対して持つ心理的なつながりを「心理的アタッチメント」という言葉で表現すると、元社員が出身企業に対して持つ心理的アタッチメントの状況が、当該企業に対する態度や行動に影響すると考えられる。図表2は、「心理的アタッチメント」について、元社員が出身企業に在籍する時点から始まり、実際に転職し、その後に至るプロセスをモデル化したものである。

図表2 心理的アタッチメントのプロセスモデル

イベント1●在職中の諸々の出来事

 元社員の当該企業に対する態度や行動を左右する心理的アタッチメントの形成は、社員が在職中に経験する諸々の出来事からすでに始まっている。つまり、社員が入社してから起こるさまざまな出来事が蓄積され、社員の当該企業への心理的アタッチメントが徐々に形成されていくわけである。一般的には、会社への不満や職場における人間関係の悪化等はネガティブな心理的アタッチメントに発展し、仕事上の成功や社内での認知、昇進等の経験はポジティブな心理的アタッチメントに発展していく。企業業績やブランドイメージ、一般的な評判なども心理的アタッチメントに影響する。そういったなかでもとくに重要となるのは、企業に入社する前と企業に入社した後とのギャップや、入社する前に企業と人材との間で合意した心理的な契約事項(企業が人材に対して何を期待し、その見返りとして企業は何を与えるか)が、日々の業務において守られているか、といったものである。採用時に社員に対する期待と企業が提供する事項を明確にし、入社後もそれを貫くことや、企業の持つカルチャーに真にフィットした人材を採用することは、彼らの心理的アタッチメントを高めるためにも必須の要素である。また、企業内メンバー間の親密性や信頼を高めていくことや、コミュニティとしての場を育てていくことも、心理的アタッチメントを醸成するのには欠かせない。最も気の合う仲間と場を共有するという経験が、彼らの一体感を強め、それが結果的に企業への心理的アタッチメントの高まりという形になって表れるということが考えられるからだ。

イベント2●離職の契機となる出来事

 社員が、日常業務の遂行から、私生活に至るまでさまざまな出来事を経験するうちに、離職を考えるきっかけとなる出来事が起こってくるようになる。ここで重要な点は、こういった出来事が、必ずしも仕事上の不満や上司との不仲といったようなネガティブな要素に基づくものではないということである。
  たとえば、現状の仕事に十分満足していたとしても、突然ヘッドハンターからの誘いの電話がかかり、それが転職を考えるきっかけとなる場合がある。また、仕事とは直接関係のない家族の都合等で、現在の会社を離れるべきかどうかを考える必要性にせまられるということも考えられる。したがって、離職や転職につながる出来事は、ポジティブなもの、ネガティブなもの、中立的なものすべてが考えられうる。
 企業の都合で社員に離職をせまらねばならない場合もあるが、だからといって心理的アタッチメントが悪化するとは必ずしもいえない。たとえば、欧米の多くのプロフェッショナル・ファームには「アップ・オア・アウト」という仕組みがある。一定期間内に昇進できなければ企業を去らなければならないというものである。この場合、直接的に宣告される前に、多くが自らその雰囲気を察して会社を離れていくが、彼らの離職後の会社への心理的アタッチメントは決して低くない。その理由のひとつは、採用の時点で、昇進できなければ去らねばならぬことを明確に規定しており、本人が納得したうえで入社するからである。逆に、最もまずいのは、そのような明確な約束がないままに、半ば終身雇用のような前提で入社し、あるとき突然リストラなどによって人員整理される場合である。これは「約束が違う」という心理的契約の不履行に対する社員の怒りを生み、後々の心理的アタッチメントに大きなダメージを残すことは確実だ。

イベント3●離職の決意、会社とのやり取り、および離職時

 具体的な就職先の決定などによって、離職を決意すると、自発的離職の場合にはその旨を会社に告げ、離職手続きの完了に向けた本格的な行動を起こすことになる。このプロセスにおいては、上司、部下、同僚とのやり取り、会社側からの引き止めや離職に向けてのさまざまな交渉など、本人はさまざまな出来事を経験する。実は、この時期に起こる出来事が、離職後の心理的アタッチメントに大きなインパクトを与えることになる。もともと高い満足度と忠誠心を持って仕事をこなしてきた社員が、転職の際に強引な引き止めにあったり、逆に冷たい仕打ちを受けたりして一気に心理的アタッチメントが崩れ、怒りや恨みや敵意に変わったりする場合がある。この短い時期のやり取りで「よい会社だと思って働いてきたのに裏切られた気分だ」という思いに変わる場合があるわけで、長年にわたって築かれた企業と人材との信頼関係も、この時期の出来事によって一瞬のうちに崩れ去ることも十分考えられる。一方、もともと高い心理的アタッチメントを持っていなかった社員が、転職についての企業とのやり取りで意外に温かい対応を受けたり、これまで無関心だと思われていた自分の業績を非常に高く評価していることがわかったりして、心理的アタッチメントが逆に強くなる可能性もある。企業への心理的アタッチメントが低かった社員が「実は自分のことをこのように大切に考えてくれていた会社に対していつか恩返しをしたい」という気持ちに変わることもありうるわけである。

イベント4●離職後の会社との関係

 
転職間際に形成された、あるいは変容した心理的アタッチメントが、そのまま継続するとは限らない。ポジティブな心理的アタッチメントを持ちながら離職していった元社員に対してであれば、その状態を維持してもらうように働きかけることが大切であるし、さらに高い心理的アタッチメントを持ってもらうための施策を打つことも有効である。
  逆に、高い心理的アタッチメントが得られなかった元社員に対しても、離職後のフォローによって、心理的アタッチメントを高めるようにすることもできなくはない。元社員の心理的アタッチメントを維持向上するために、離職後の元社員との親密な関係性に着目する「ポストエンプロイメント・マネジメント」の必要性がここにある。ポストエンプロイメント・マネジメントのねらいは、元社員との良好な関係性の発展および持続を通じて、心理的アタッチメントを高く保ってもらうことと、コンタクトの頻度を高めることによって、元社員からの具体的な貢献を得る機会を拡大しようとするものである。
 出身企業に対する態度と行動:本モデルの最後のステップにおいて、出身企業に対する心理的アタッチメントが、元社員が当該企業に対して持つ態度や、具体的な行動に表れるということが示してある。元社員の具体的な行動については、当該企業と何らかの形で接触する機会があれば行うという場合と、積極的に機会を見つけ出し、何らかの協力を申し込んでくるというような場合が考えられる。たとえば、重要な情報を入手した場合に、出身企業とコンタクトをとってそれを知らせたり、優秀な人材を見つけたときに、出身企業にその人材を紹介したりする場合などは、積極的に機会を見つけて出身企業に貢献しようとする行動である。高い心理的アタッチメントを維持している企業の元社員たちは、自分たちを「○○企業の出身者」と常に意識しながら仕事をしているかもしれないし、当該企業の現社員や元社員同士との交流を常日ごろから行っているために、自然と当該企業の業績に貢献するような態度なり行動が起こりやすくなっているといえよう。

元社員の行動の優先付けに影響するマインドシェア

 複数の企業での経験を積み重ねたうえで、企業の意思決定を左右する重要なポジションに就いた人材や、プロフェッショナルとしてさまざまな企業を移り歩くような人材であれば、将来に複数の出身企業と何らかの関係を持つ機会が多くなる。そういったときに、どの企業に対してどういった行動をとるかというのは、本人の頭の中に各企業が占める割合、つまり「マインドシェア」によっても左右される。複数の企業を経験した人材が、過去に在籍した会社として最も真っ先に思い浮かぶ企業は、本人の頭の中に占めるマインドシェアの高い企業である。マインドシェアが示唆するのは「企業が元社員から何らかの貢献を期待するためには、当該企業が、本人がこれまでに経験した複数の企業との相対的な比較においても、強い位置にいなければならない」ということである。マインドシェアが元社員の当該企業に対する行動にどのように関わっているかについて、心理的アタッチメント・マインドシェア・マトリクス(図表3)を用いてその関係を理解してみよう。

図表3 心理的アタッチメント・マインドシェア・マトリクス


心理的アタッチメント・マインドシェア・マトリクス

 心理的アタッチメント・マインドシェア・マトリクスでは「好意的―憎悪的」の軸と、「マインドシェア」の2つの軸を用いて、本人が経験した各企業をプロットする。図表3の例では、本人がA社、B社、C社の3つの企業をこれまで経験したと想定し、その3社がプロットされている。マトリクス上のA社が示しているように、心理的アタッチメントが非常に高く、かつ他社との比較においてもシェアの高い企業が、最もポジティブな行動を受ける可能性が高い。これは、本人が当該企業に非常に恩義を感じていたり、在籍したことを誇りに思っていたり、あるいは今でも当該企業の一員であるかのような帰属意識を持っているため、積極的に当該企業に貢献しようという動機付けが働く可能性が高いということである。
 一方、B社のように、マインドシェアは高いが、心理的アタッチメントがマイナスの場合、本人は当該企業に対して何らかの敵対的行動をとる可能性が高い。これは、本人が当該企業に対する怒りや恨みといったネガティブな感情を強く持っており、機会があればその仕返しをしてやりたいと思っている場合があるということである。
  C社が示すように、元社員が在籍した他の企業との比較においてマインドシェアが低い場合は、本人は当該企業に対する関心があまりなく、よってその企業の業績に影響を与えるような行動を行う可能性は低い。
 企業と元社員との関係性を好ましいものにしようと努力しても、マインドシェアが低い場合には、その努力が元社員の貢献という形で報われる可能性が低いわけである。
 このように、元社員の行動をめぐって、複数の出身企業間で競争関係になっているということも示唆される。

企業が人材のマインドシェアに与える影響

 
企業が人材のマインドシェアにどのような影響を与えうるかについて、いくつかの法則が考えられる。まず、本人にとって、最初の就職先企業というのは、印象も強く残ることから、比較的高いマインドシェアを獲得できるだろう。このことから、新卒者を採用した場合に、彼らの心理的アタッチメントをいち早く高めてもらうことができれば、それは本人が将来経験するかもしれない別の企業よりもより高いマインドシェアを確保することができ、将来の当該企業に対する多くの貢献を見込むことができる。
 逆に、当該企業が本人にとって2番目の企業で、かつ本人が最初の企業に対して好意的な印象を持っている場合には、それを超える心理的アタッチメントを獲得する努力をしなければならない。
 つい最近まで在籍していた企業というのも、その時の記憶がまだ新鮮であるために、高いマインドシェアを獲得しているだろう。これは、時間の経過とともにマインドシェアが低下することも示唆しているため、先述したように元社員との関係性の維持によって、心理的アタッチメントのみならず、マインドシェアも維持してもらうように努力することが求められるわけである。
 勤続年数というのもマインドシェアに影響する。勤続年数が長ければ、相対的に別の企業の勤続年数も短くなるし、長期にわたる経験が記憶として蓄積されることによってマインドシェアが高まっていくことが期待される。反対に、入ってすぐに辞めてしまうような場合には、それが非常にネガティブな経験によって離職した場合を除けば、本人にとってはあまり印象の強くない企業ということになる。
 また、当該企業が強烈なカルチャーを持っている場合も、本人にとって強い印象を与えることにつながる。とくに、その企業カルチャーと本人のパーソナリティや価値観とがぴったりとマッチしているような場合には、強い心理的アタッチメントと高いマインドシェアの両方が期待できるわけだ。

新しい人材マネジメントに向けて

 今回提示した心理的アタッチメントを用いたプロセスモデルと、マインドシェアを用いたマトリクス、および元社員との関係性に関する議論は、将来の新しい人材マネジメントのあり方に向けての多くのメッセージを含んでいる。第1のメッセージとしては、将来の人材マネジメントは、現在企業で働いている社員だけを対象にするというのでは十分でなく、企業をいったん離れた元社員まで拡張して考えるべきであるということである。優秀な人材が企業外に流出するのは、企業にとって痛いことに違いはない。しかし、そこで終わりというわけではなく、離職後であっても、何らかの形で彼らからの貢献を期待することが可能であるということを念頭におくわけである。
 その際には、今回のモデルから示されたように、外部に出ていった人材との関係性をいかに高クオリティかつ頻度の高いものに発展させ、元社員の当該企業への心理的アタッチメントを好ましいものにしていくか、かつ、マインドシェアを高め、本人が経験した他の企業よりも強い形で心理的アタッチメントを高めてもらうようにすることが、最終的には企業競争力に影響を与えることになる。このようなポストエンプロイメント・マネジメントの具体的な方法については、大手コンサルティング・ファームや会計事務所などが組織している「卒業生(Alumni) ネットワーク」など、いくつかの事例が出始めてきている。
※3効果的なポストエンプロイメント・マネジメントのチェックリスト(別表)も合わせて参考にしていただきたい。
 第2のメッセージは、既存社員の離職後のことまで考えた人材マネジメントを実践するということである。元社員の心理的アタッチメントが、離職するずっと以前から形成されていることを十分に念頭においておく必要がある。図表2の囲みでも例示しているように、心理的アタッチメントを用いたモデルのプロセスを詳細に分析するならば、社員が経験するプロセスのどの時点で、企業としてどういった対応をすることが、彼らの心理アタッチメントに影響するかがわかってくる。人材の心理的アタッチメントを高めることは一朝一夕にできるわけではないが、その逆に、心理的アタッチメントが冷めることは一瞬にして起こりうることも留意するべきであろう。とくに、社員が離職を決意してから実際に企業を離れるに至る短い期間における不適切な対応が、長年にわたって培われてきた企業と人材の信頼関係を一気に損なう可能性があることなどはとくに注意しておきたい。
 第3のメッセージは、人材は企業の所有物であり、管理したりコントロールしたりする対象であるという考え方は、将来は成り立たなくなるだろうということである。むしろ、人材は企業に価値をもたらすパートナーあるいは関係者であるととらえ、企業内外を問わず、自社に価値をもたらす人々すべてを対象にした人材マネジメントを志向していくべきであろう。高い心理的アタッチメントを持つ外部人材との関係性を密にしていれば、必要な時期にタイミングよく彼らに参加してもらうことも可能になる。このように、将来は企業自体が境界線の曖昧なオープン組織となり、企業に貢献する人材は、むしろ自律的に企業の内外を行き来するようになってくるだろう。
 第4のメッセージとして、元社員との関係性を大事にしている企業の優位性を、エンプロイアビリティという視点からとらえることも可能だ。元社員が幅広く活躍し、かつ彼らとの関係性の強い企業に入社する人材は、企業外に広く存在する元社員のネットワークも同時に手に入れることができる。そして、そのネットワークは、自分が将来企業を離れて新しい職を得ようとする際に有利に働くはずである。実際、エンプロイアビリティは、本人の能力やスキルの向上のみならず、本人が持つ人的ネットワークにも大きく左右される。そうなれば、企業としては、終身雇用を保証していなくても、ある程度の雇用の保全を求める人材にとって魅力的な企業に映ってくる。そういった魅力によって多くの入社希望者が集まれば、そこからとくに優秀な人材を選抜して採用できる可能性も高くなるという好循環も生まれる。そして、それが企業競争力につながるし、もともと優秀な人材の割合が高くなるので、彼らのエンプロイアビリティを心配する必要も減ってくる。
 第5のメッセージとして、元社員との関係性を重視するマネジメントは、日本だからこそ重要であるという見方もある。異文化マネジメントの研究によると、一般的に日本人を含む東洋人は、西洋人と比較すると、人々の長期的な関係性を重視する傾向にあるという。
※4また、東洋人は、昔に受けた恩は長年覚えており、いずれ恩返しをしようと思う傾向が強く、昔の恨みも長期間にわたって持ちつづける。したがって、短期的な交換関係で済ませがちな西洋風のつながりではなく、信頼、感情なども含めた強いつながりを維持することは、東洋人にとってはより自然なことであるといえる。これからは、「終身雇用」は崩壊しても「終身関係性」という形で元社員と付き合っていくことになるかもしれない。

新しい人材マネジメントに 向けてのメッセージ

1 人材マネジメントを外部の元社員まで含めた形で考える
2 離職後のことまでを考えて既存社員のマネジメントを実践する
3 人材は企業の所有物ではなく自律的に企業内外を行き来する関係者であるととらえる
4 ポストエンプロイメント・マネジメントの充実はエンプロイアビリティも高める
5 企業内外の人材との関係性を重視するマネジメントの発展は、わが国の強みを発揮するものでもある

ポストエンプロイメント・マネジメントのためのチェックリスト

基本的姿勢
企業を離職していった元社員も、自社に価値をもたらしてくれる重要な関係者として認識している
企業を離職していった社員は、過去に自社に対して貢献してくれた人材として敬意を示すとともに、今後も大切にしていきたいと考えている
具体的施策
元社員の名簿その他の情報をデータベース化し、管理、蓄積している
元社員に対して、定期的に何らかの連絡をとっている
元社員向けに自社に関するニュースレターを定期的に発行している
元社員に自社の採用情報(パートタイムや欠員情報)を定期的に通知している
元社員と現社員を含めたパーティや会合を開いている
元社員のために「OB会」のようなものを組織している
元社員とのネットワーキングを担当する部署やポジションを社内に設置している
同窓会的イベントや元社員を迎えた講演会などを実施している
元社員が自社に対して抱いているイメージや態度を何らかの形で調査したり、把握しようとしたりしている
元社員同士の交流や情報交換を促進するための専門のホームページを設置している
新規人材の採用に関して、元社員に何らかの協力(人材の紹介等)を呼びかけている
特別ボーナスなどの優遇策を用意するなどして、優秀な元社員の再雇用を推進しようとしている
効果
元社員を再雇用した実績がある
元社員から紹介された人材を採用したことがある
元社員自身、あるいは元社員が属する組織が顧客となったケースがある
元社員自身、あるいは元社員の属する組織が業務委託先やサプライヤーになったケースがある
元社員との関係がきっかけで企業提携などが実現したケースがある
元社員から重要なビジネス情報が寄せられてくる
元社員と現社員の公式、非公式な交流は活発である
元社員が自社に対して抱いているイメージは概してよい
元社員が公式、非公式の場で自社の評判について語ることが多い

おわりに

 本稿では、心理的アタッチメントと関係性の視点を中心に、今後のビジネス社会において必要となってくる人材マネジメントの考え方についての議論を展開した。人材は企業を離れていった後でも、重要な顧客やサプライヤーとして、セールスやナレッジマネジメントの一翼を担う外部エージェントとして、最も信頼できるリクルーターとして、あるいは将来戻ってきてくれる人材として、企業にとっての重要な関係者でありつづけるわけだ。このように、企業業績に影響を与える人材が企業の内と外を問わず存在する時代においては、今回示したような、より関係性に着目した人材マネジメントが求められるようになってくるだろう。

※1
"How boomerang recruiting brings valued exes bask". Businessweek, July 26,2000
※2
採用に関する研究では、従業員による紹介が、最も効果的な採用手段の1つであると考えられているが、元社員からの紹介はそれに準じよう。採用ソースの効果性についてはRynes, S.L.(1991) "Recruiting,job choice, and post-hire consequences". In M.D.Dunnette& L.M.Hough(Eds.), Handbook of Industrial and Organizational Psychology(2nd ed.). Palo Alto,CA: Sageを参照。
※3
たとえば、マッキンゼーやベイン・アンド・カンパニーでは、卒業生専用のウェブサイトが設置されているなど、卒業生のためのネットワーキング機能が充実している。また、元社員とのネットワーキングを支援するサービスやそれを専門とするコンサルティング会社もある。
※4
Hofstede,G.(1991),Cultures and Organizations:Software of the Mind.New York: McGraw-Hill

関口倫紀(せきぐち・ともき)
東京大学文学部心理学科卒業後、民間シンクタンクで経営コンサルティングに従事。青山学院大学大学院国際政治経済学研究科修士課程を経て、現在ワシントン大学(米国シアトル)ビジネススクール博士課程に在籍。

『Works No.44 機能する「成果主義」』(2001年2月発行)掲載

 
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