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e-ラーニングの潜在力 Works Institute
リクルートワークス研究所
 

ナレッジワーカー育成のトリガーになりうるか?

SFC研究所/Works編集部
中鉢直宏


2001 年 2月 10 日

進化する「ラーニング」の概念

 e-ラーニングとは、簡潔にはインターネット/イントラネットの技術をベースとしたツールを活用する研修形態のひとつである。教育・研修コンテンツがネットワークを介して配信され、受講者は自分のPC上で、必要なときにそれを受講できるというシステムである。しかし、これだけでは、単に新しい研修形態というだけで終わってしまう。
  e-ラーニングが持つ特長をひとことで言えば「インタラクティブ性」である。つまり、ユーザーが多種多様な形態の情報に必要に応じてアクセスし、組み合わせ、編集できるように、双方向の情報の流れを保証する環境をPCが提供しているということにある。問題は、そのインタラクティブ性を実現する内容と質、さらにはそのしくみである。まず、それを探るためのスタンスを押さえておこう。
 「世界がますます緊密に結びつき、ビジネスがさらに複雑化しダイナミックになるにつれ、仕事はますます『ラーニングフル』になる、つまり学習を要する局面が増えるだろう」と言ったのは、90年に「ラーニング・オーガニゼーション」に関する全体的な概念を提起したマサチューセッツ工科大学のピーター・センゲである。
  センゲが提起した「ラーニング・オーガニゼーション」と、慣用的に使われている「学習する組織」の違いを認識することが、広義のインタラクティブ性、要するにe-ラーニングの目的と意味をつかむキーになる。そのポイントは、ひと言でいえば「学習」の捉え方である。
  「学習」という言葉は、従来「情報を得る」こととほぼ同義に受け入れられてきた。このレベルで考えると個人と企業の両面からの学習プロセスは、学習を単なる知識の習得、一歩踏み込んでも問題解決として捉えることにとどまってしまう。
  しかし、ラーニング・オーガニゼーションは、学習を「自分にとって関心のある結果や重要なことを達成するために、自分を変えること」として捉える。つまり、ラーニング・オーガニゼーションにおける学習はナレッジワーカーに求められる学習の方向を示している。「e-ラーニングは、ナレッジワーカー育成のインフラづくりのトリガーとなりうるか?」という視点は、こうした捉え方から浮かび上がってきたものだ。

「個別に対応したプログラム」がe-ラーニングの核心

 e-ラーニングの進化は、そのままアメリカにおけるe-ラーニングの動向にほかならない。アメリカでは、CD-ROMを使ったCBT(Computer Based Training)が発展してWBTへと進化してきた(図表1)。
図表1 アメリカにおけるe-ラーニング

  アメリカにおけるe-ラーニングが、均質な教育をスピーディに提供することを大目的としたDistance Learning(遠く離れたポイントを結ぶ教育という概念。衛星放送、ビデオ等のツールも含まれる)型からスタートしたことは国土の地理的制約条件を考えると、当然のことであった(図表2)。しかし、e-ラーニングのニーズはそれだけではなかった。
図表2 Distance Learning型e-ラーニング

図表3 業務支援型e-ラーニング

  ワークス研究所主幹研究員・古野庸一は「一律階層型の企業内教育ではできなかった個別に対応したプログラムを用意できるのが、e-ラーニングを活用するうえでの大きなメリットです」と語る。
  「個別に対応したプログラム」にこそe-ラーニングのインタラクティブ性の核心がある。アメリカは個別に対応したプログラムのコンテンツの開発、運営システムLMS(Learning Management System)の方向へ向かったが、e-ラーニングの緒についたばかりの日本では、教育コスト削減意識から、一律階層型企業内集合研修の補助的な役割をもつ代替研修として止まっているものも少なくない。

企業知・経験知を活用するe-ラーニング

 業務支援型e-ラーニングは、知識・スキル習得という点ではDistance Learning型と同様だが、その企業に通用する企業内言語、企業知の習得に重きを置いているのが特徴である(図表3)。その意味では人材開発というより、業務を遂行するためのシステムという側面が強い。業務支援型はe-ラーニングを活用しなければ、業務効率が上がらないしくみになっている。個々人でe-ラーニングへアクセスして新製品や新技術情報の学習・伝達を行わなければ、困るのは本人である。個人が自発的に学ばなければ業務が成り立たないほど、知らなければならないことがめまぐるしく変化するコンピュータ業界などで活用されているしくみである。シスコシステムズやオラクルなどでは、すでにこの業務支援型e-ラーニングが定着している。
  業務支援型e-ラーニングには、EPSS(Employer Performance Support System)やオンラインマニュアル(本や講義などビデオクリップをPCで見られる形態に書き換えたもの)など、業務に必要な知識がデータベースに用意されている。これらを有効活用するためには、個々のニーズに合わせた情報編集を促す機能、あるいはマネジメントがポイントとなる。
  たとえば、キユーピーでは「e-キャンパス」というe-ラーニングを導入、4000件もの料理レシピをデータベース化し、商談や販促での活用をめざしている。また、同社ではナレッジ・マネジメント・プロジェクトチームを作り、こうしたデータ・ノウハウを共有し、事業戦略に活かすべくナレッジ・マネジメントを強化しようとしている。
  データベースに知識や経験知(ナレッジ)が蓄積されると、利用者は増大してくる。利用者が増えれば、ナレッジのデータベース化はさらに促進されることになる。
  しかし、ここまで見てきたDistance Learning型e-ラーニングも業務支援型e-ラーニングも、基本的には一方向の学習システムの限界をクリアできていない。本来的な意味でのインタラクティブ性に欠けている。
  本来的なあり方として考えられるのは、「双発的コミュニケーション型e-ラーニング」ではないだろうか(この型については実践しているオンライン大学の事例を後述する)。

「ラーニングオブジェクト」という考え方

 そもそも個人のレベル・ニーズに合わせた学習が可能になるe-ラーニングは、本来クラスルーム(教室)にしか存在しないはずの"ドロップアウト"とは論理的には無縁なものであった。ところが、実際に導入されてみると、ドロップアウトの増加が問題になってきている。アメリカのグリーンウッド社が主催するe-ラーニングの最新のコンファレンスでは、具体的に以下のようなe-ラーニングのドロップアウトの原因と理由、一部の対策の報告が行われた。
(1) 学習するのにクリックすることが多すぎる。
3クリック10秒(3回クリックか10秒しておもしろくなければ止める)。
(2) インフラの未整備でプログラムが動かないことがある。
パソコン環境の充実、スクリーンは800×600、ISDN等
(3) ダウンロードに時間がかかりすぎることがある。
(4) わからなくても質問できない。
ヘルプデスク、メンター、支援者設置等により共同作業ができるように。
(5) 長い文章を読まされてうんざりする。
インタラクティブな働きかけを多くし、励ましを与える。
(6) 自分の必要なところだけ学べない。職場ではアクセスできない
職場でのサポートが必要、ジョブエイドを与える、研修後もリファレンスが使えるようにする。
(7) 教材が無味乾燥でおもしろくない。
ケース・事例を多用し、エピソードを使って説明する。関連のある演習をする。
(8) 学習へのインセンティブが用意されていない。
自分にとって何のためになるのか、認定テスト、自分が関係するケースに近い演習を行う。
(9) 速く学習できるが、学習の満足度が少ない。
ラーニング・コミュニティを作る。eメール、提示版、チャットの設置、少人数でグループ化する。
(10) e-ラーニングの目的や意味が明確ではない。
e-ラーニングは自分と会社にとって重要なものなのか? 顧客、株主、供給者にとってはどうか?

 ドロップアウトの原因は、バードの整備によって解決されるものから本質的な組織課題まで幅広いが、これからのe-ラーニングはこれらひとつひとつをクリアしていかなければならない。
  「アメリカではe-ラーニングのシステムおよびコンテンツ制作において、ラーニング・オブジェクトという考え方が主流になりつつあります。これはコースを多数のユニットで作成する手法で、学習者のニーズや職場での実践を重視した結果から生まれたものです」と語るのは、リクルートe-Learning推進グループエグゼクティブプランナー・土屋洋である。
  コースはユニットで区切られているので、たとえばコースの最初にテストを受け、その結果によって学ぶユニットが指示される。当然、個人の知識の量や習熟度により受講するユニットが異なってくる。また、逆にユニットの最後にテストを設け、不合格だったユニットにもう一度戻るようなしくみを作ることもできる。 「アメリカのフォーラムでは1ユニット3分から15分で完結するラーニング・オブジェクトが紹介されています」(土屋)
  このように細かい単位で学習できるラーニング・オブジェクトのメリットは、次のようなことが挙げられる。
何度も使いまわしができる
必要なパーツをピンポイントに学習できる
自分用にカスタマイズが可能になる
編集することで個人のニーズにフィットできる
パフォーマンス・サポートのツールとして使える
 さまざまな利点があるが、ひと言でいうならば「The right information to the right person at the right time in the right way」であり、より平たくいえば「受講者のニーズに合わせた教育のワン・トゥ・ワン化を実現」(土屋)ということができる。これらはすべて実現されたということではなく、あくまでもラーニング・オブジェクトのもつ可能性である。しかし、個人のニーズにこたえるということは、既存の教育システムではできないe-ラーニングの優位性である。
  e-ラーニングが実践されるプロセスで新たな問題点が生じてくることは十分予想される。しかし、問題点だけではなく、ラーニング・オブジェクトに見られるようなe-ラーニング独自の可能性への追求も続いていくことになるだろう。


「いかに導入するか」から「いかに効果的に進めるか」

 先述したコンファレンスでの報告によれば、アメリカではすでに大企業の90%以上がe-ラーニングを導入している。市場規模は15億ドル、2002年には55億ドルになると予測されている。市場が拡大するに従って、企業の関心は「いかに導入するか」から「いかに効果的に進めるか」に移っている。
  イントラネット利用からインターネット利用へと替わりつつあり、ASPによるワンストップサービスの伸びがここにきて顕著にみられる。また、運用システム(LMS)は統一化へと動き出し、企業の関心は教育効果を向上させるサービスおよびコンテンツへと向かっている。コンテンツの90%はIT系だが、ビジネス系へのニーズが高まり、コンテンツ数の伸びが目立っている。学習効果を上げるための機能やしくみが相次いで開発され、進化していることも注目すべき点ではないであろうか。
  e-ラーニングを研修にだけでなく、ナレッジ・マネジメントやパフォーマンス・マネジメントと関連させてシステムを構築しようという動きも活発になっている。
  こうしたアメリカにおける動きは、もちろん企業側のニーズと対応している。企業ニーズの進化は、大きく分けると次の3つである。
1. コンテンツの品揃え
1つ2つのコンテンツでは利用されない。多数のコンテンツでライブラリー化をめざす。
2. コンテンツの品質
単なる教材では受講者の満足度は低く、ドロップアウトが増える。おもしろく学べるコンテンツの開発が課題(インストラクション・デザインの工夫。音声、動画の採用。FAQ、グローサリー、チャットの導入等)。
3. 学習効果への期待
メンターによる受講者への学習サポート。
コンテンツをユニット構成にして必要な部分のみ学べる(ラーニング・オブジェクト)。
アセスメントから効果測定までのマネジメント(ラーニング・マネジメント)。
受講者同士のコミュニケーションの促進(ラーニング・コミュニティ)。
Webだけでは終わらせない(e-ラーニング+教室のハイブリット方式)。
というようなプロセスを経て、現在に至っている。
  では、コンテンツの品質、学習効果への期待といった企業のニーズに対する事例を見てみよう。

運用の鍵はネットワークファシリテーターの配置

 フェニックス大学では、89年からオンライン教育を開始しているが、e-ラーニングを本格的に稼動させたのは、95年からである(図表4)。同大学ではとくに同期性を重視し、1日24時間、毎日コースに参加できる点が特徴である。学部レベルのクラスは1講座5週間で完結するような内容である。また、大学院のバーチャル・クラスでは事前に関連書籍を読んだうえで、週1回チャットによるディスカッションに参加することが義務づけられている。受講者はディスカッションの場において、各自が仕事で身につけた知識・スキルを活かせるようになっている。このバーチャル・クラスでのディスカッションをサポートしているのが、「ネットワークファシリテーター(インストラクター)」である。ファシリテーターは修士号もしくは博士号の資格をもつ学識者、あるいはその分野のオーソリティ、ビジネスでの成功者を専任している。今後のWebの展開については、電子ライブラリーを整備し、どこからでも必要な文献を閲覧できるような体制づくりを構想している。
  フェニックス大学の事例からいえることは、上手に運営していくポイントのひとつは、モチベーション(学位取得)の高い参加意識とe-ラーニングにおけるコミュニケーションルールの徹底である。ルールの作り方によっては高度のディスカッションも可能になっている。
  そして、もうひとつはネットワークファシリテーターの配置である。当然ファシリテーターの質によってディスカッションの内容も方向も違ってくる。ファシリテーターは「教える」という知識の伝達者の役割から、受講者が自発的に学ぶための「学習のナビゲーター」となる。しかし、企業では、講師の役割が実際にこのようなファシリテーターとしての存在にまでなっていないのが現状である。

図表4 双発的コミュニケーション型e-ラーニング
     (オンライン大学に見るe-ラーニング)

コミュニケーションの場づくりは不可欠

 企業の先端事例も紹介しておこう。日本アイ・ビー・エムの事例では、受講データ(進捗度・到達度・成績)の管理・運用は人事部が担当。受講データは、進捗状況の遅い社員に対するコーチングに用いられている。また、カリキュラムごとのアドバイザーを用意し、チャットやメールによる質問に対しては一両日中に返答し、トレーニング中に感じた疑問に迅速に対応できる体制を整えている。コミュニケーションやインタラクティビティへの配慮として、同レベルの受講者ごとにチームを作り、コミュニケーションが促進される環境整備を行っている。孤立しがちなe-ラーニングの受講者たちにとって、コミュニケーションの場づくりは重要である。

スキルマップで各職種に必要な受講コースを公開

 NECの場合は、「カルティーバ」と呼ばれるe-ラーニングマネジメントシステムをもっており、このシステムの強みはテストにある。受講者の回答の仕方に応じて次の設問が違ってくる。そのため同一レベルの受講者でもひとりひとり異なった設問によるテストができ、高い学習効果が生まれている。カルティーバの社内活用としては職種ごとにスキルマップを用意し、特定の職種につくためには、どのコースを受講すればいいのかイントラネット上で確認することができる。さらにe-ラーニングの受講結果は人事評価と連動しており、昇進の条件にもなっている。スキルマップには自ら実績を入力することになっており、それが自己啓発につながる。

日本におけるe-ラーニングの4つの課題


 e-ラーニングに関して、コンテンツ供給企業、ユーザー企業の事例をいくつか紹介してきたが、日本におけるe-ラーニングは視界が必ずしも良好とはいえない。
  「e-ラーニングに関する日本の現状は、50社から60社が導入しており、200社から300社が導入を検討しているといった段階です。業種的にはやはりIT系。それに加えて外資系企業が本腰を入れています。コンテンツ供給会社はIT系だけにとどまらず、ビジネス系のコンテンツにも力を入れつつあります」(土屋)
  日本では大部分の企業が、e-ラーニング導入については未だ慎重になっている。解決する上で、個人と企業の両面から、日本におけるe-ラーニングに関する課題を整理してみよう。
1. 風土上の問題
 まず、風土上の問題がある。セルフ・ラーニングが発達してきたアメリカと異なり、日本人は企業内での自主的な教育・学習に慣れていない。スキルに対する報酬が明確でないことも社員の自主的な学習・スキル(資格)取得意欲の日米差につながっているように思われる。労働慣行の問題もある。就業時間内でも受講が可能であるというガイダンスを作成している企業もあるが、実際のところ、直属の上司の理解がまだ足りないため、受講が困難なところがほとんどであろう。資格取得以外でe-ラーニングを活用する学習を認めないという話も散見される。
2. スタンスの問題
 次に風土とも関連するが、e-ラーニングそのものに対するスタンスの問題がある。導入が始まって間もない日本では知識取得型のe-ラーニングが主流で、双発型のe-ラーニングは立ち遅れている。そのことも手伝ってか、集合研修を e-ラーニングで補完することはあっても、e-ラーニングを主体に教育を再構築するところまでは及んでいない企業が多い。受講する場合も、必要となるスキル取得の手段としての意味合いが強く、自由度と選択肢が少ない。受講履歴やカリキュラムをデータベースにして活用しているというレベルであって、知識創造を支援する、という発想には残念ながら程遠いと言えるだろう。
  スタンスの問題は導入目的とも密接な関係にある。日本企業の e-ラーニング導入目的の大きなもののひとつに「コスト削減」があげられる。たとえば、金融・保険など大量のディストリビューターを抱え、かつ情報のアップデートを頻繁に行う必要がある業界では、教育コストの削減は重要課題である。また、移動に要する交通費や宿泊費の削減、営業機会損失の防止も「コスト削減」に数えられよう。
  無論、アメリカにおいてもe-ラーニング導入の当初の目的はコスト・時間の削減であることが一般的ではあるが、ここで見逃してはいけないのは、「コスト削減」を重視するあまり、本来e-ラーニングがもつ「組織変革を促す可能性」を狭めてしまうことである。
3. 規格統一
 3つめは、規格統一の問題である。日本ではシステム企業、コンテンツ企業、ユーザー企業、これら3者の思惑がそれぞれ絡み合って、市場の形成、発展が阻害されているところがある。その原因はe-ラーニングの規格が統一されていないことである。また、システム各社がそれぞれ独自にプラットフォームを開発し、そのうえにコンテンツを載せて販売するというシステムが出来上がってしまっているという問題もある。本来は、プラットフォームとコンテンツは分離されているべきであろう。さらにその効果測定、アセスメントも別々に行えるシステムであるべきだ。現状では、これらの関係が未分化であるために、統一されたプラットフォーム上でさえ、異なるコンテンツプロバイダーの教材間での相互運用やデータ互換ができない状況になってしまっている。学習効果についても、それぞれのプロバイダーの基準でしか判断できない。これについては、現在ALIC(先進学習基盤協議会)を中心に規格統一のための活動が進められており、その進展に期待したい。
4. コンテンツの質
 アメリカには教育デザインを研究する「インストラクショナル・デザイン」という分野の学問がある。この研究成果が、学習効果が高いe-ラーニングのコンテンツを作る上では有効である。日本ではこの分野が確立されていない。
  また、アメリカでは、「カークパトリックモデル」という教育効果を測る一般的な指標を用いて、e-ラーニングの学習効果を測定する考えが定着している。しかし、日本では、そのような効果測定の必要性に対する意識が希薄で、コンテンツ評価の明確な基準がない。それもコンテンツの質の向上を促進しない遠因ともとらえられる。
  多くの企業がe-ラーニング導入に対して、労力に見合ったコストパフォーマンスを得られるか、ためらっていると思われるが、長期的なスパンでみれば、新たな人材育成のしくみとなり、新たな人材戦略を生み出すきっかけとなる投資となるものだ。コンテンツの質が向上するにつれて、e-ラーニングの導入を「投資」として考えることが自然に受け入れられていくのではないだろうか。そのためにも、企業内におけるe-ラーニングの可能性やビジョンをどのように捉えているかという見識が問われてくる。

カークパトリックモデル
アメリカでは、早くから企業内教育の学習効果を測定する基準が作られている。その代表的なモデルが「カークパトリックモデル」である。
「カークパトリックモデル」
レベル1 学習の満足度
レベル2 学習者の理解度
レベル3 業務に役立ったかという実践度
レベル4 会社の業績への貢献度
アメリカの企業に学習効果の測定について聞くと必ずといっていいほどこのモデルのどのレベルまで効果を測っていると答える。 
日本で効果測定の指標が作られないのは、長期的な人材育成をテーマに、見識、認識、気づき等の測定の難しい内容を教えることに重点を置いてきたため、現場ですぐ役立つ教育を軽視してきたためと思われる。

e-ラーニングはラーニングコミュニティへ

 これまで企業側から一方的に押しつけられていた感があった教育だが、e-ラーニングでは、自らアクセスして自発的に学習することが前提になる。また、企業もe-ラーニングを導入することによって、「教える」という意識から「学習をサポートする」という意識へと変わっていく。「e-ラーニングの導入はリテンションなどヒューマン・リソース・マネジメントのしくみ全体への変化をもたらし、既存の学習に対する意識も変わるのではないでしょうか」(古野)。このような変化は、ナレッジワーカー育成のためのインフラづくりへのトリガーとなることを予見させる。しかし、そのインフラを作り出すためには更なるステップが求められるだろう。
  そのステップには、次の2つの方向性があるだろう。ひとつは、「個人は自ら学ぶだけではなく、自らの意志によって学んだ知識を活用して働くナレッジワーカーへとシフトする」方向である。もうひとつは、「企業は学習をサポートするだけではなく、ナレッジワーカーによって創造された知識を活用させる場をオープンソース化する」方向である。この2つを結ぶ有効な手段としてe-ラーニングを活用するとすれば、「Net-Learning Community型e-ラーニング」とでも呼ばれるような形態が考えられるのではないだろうか(図表5)。
 Net-Learning Communityは閉じられている組織ではない。強いていうならば、そこは、オープンソースワールドとなる。たとえば、フェニックス大学に見られるように、e-ラーニングのコミュニティにおける双方向性は、学習効果の向上だけでなく、ともに学んで知識を創造するプロセスの場になりうる可能性を秘めている。企業内に大学のディスカッションが行われるようなネットワーク上のコミュニティ(意欲をもった者が集まる場)を形成することができるのではないかと思われる。

図表5 Net-LearningCommunity

構造資本と人的資本の好循環を促す

 そのようなコミュニティは、自発的に学ぶ者同士が双発し合いながら人材の能力開発を実現していく場となる。もっといえばナレッジワーカーが育成・成長する場として機能するだろう。コミュニティのインフラを提供するのは企業(組織)である。コミュニティのインフラが拡充されていくにつれて、コミュニティから創造された知識は、インフラを提供した企業の知的資本となる。このことを知的資本の循環として捉えれば、Net-Learning Communityという構造資本がレバレッジとなり、人的資本であるナレッジワーカーの知識創造を触発するということになる。構造資本と人的資本の好循環を生み出すことで、知的資本の総和、ひいては財務資本がさらに増幅していく。
  そのとき、e-ラーニングの位置付けも進化しているだろう。前述した通り、e-ラーニング導入については「いかに導入するか」から「いかに効果的に進めるか」という議論に移っている。しかし、これからは、更なる先の「いかに新しいナレッジを創出するか」が課題となってくる。自発的に学習するe-ラーニングとNet-Learning Communityにおけるディスカッションの場の提供をサポートすることが、ナレッジワーカーを育成するために必要な新しい形の場=ナレッジ・コミュニティの形成につながっていくと思われるからである。
Linuxに見る双発的ラーニングコミュニティの原型
Linuxにみるコミュニティ内の
スキルギャップと参加時間
オープンソースのコミュニティは、例えばLinuxに代表されるコミュニティのイメージに近い。Linuxは世界のプログラマーたちが、Web上で知識・スキルを結集して作り上げたOSである。参加者にとってこのコミュニティへの参加は、ボランティアであった。しかし参加者が互いの知識をもち寄り、フィードバックを受けるプロセスで、参加者自身がその分野に関して成長していった。このとき、より多くのスキルとナレッジをコミュニティに提供し、そのフィードバックを得た人たちがコミュニティ内で双発的に生成された成果が優れていればいるほど評価され、コミュニティ内でアドバンテージを得られるという現象が起こった。
コミュニティ内で生成される成果が外部でも評価されるようになり、コミュニティ内部で得られる知識を手にしようと新たな参加者が加速度的に増えていった。ところが初期参加者と後続者との間には、既に大きな能力差が生じていた。初期参加者が自らスキルやナレッジを身につけ成長することで、後続者とのスキルギャップを作り出し、自らの付加価値としたのである。そして、この付加価値(新旧の能力差)がお金(ビジネス)になっていった。フリーであるはずのLinuxがビジネスに転化したひとつの要因は、コミュニティに参加することによる参加者自身の成長があったからである。

『Works No.44 機能する「成果主義」』(2001年2月発行)掲載

 
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