知的財産の権利者
企業の発明報償金制度について、"成果主義のなか、報奨金額が高額化している""億単位になった"といった報道が、新聞や雑誌などでは、よく見受けられます。企業における発明報償・報奨金制度、特許補償制度といったものが、成果主義の論点で語られているのですが、実は、日本の場合は、「対価としての論点」が、この発明報償金制度の根本のところで問題となっているという、法・制度的事実があります。
企業活動の成果としての知的財産権、とりわけ、職務発明等にかかる特許を受ける権利等に関しては、5つの法律、「特許法」「実用新案法」「意匠法」「半導体集積回路法」および「著作権法」があります。これらの法律を概観してみますと、知的財産権の原始的帰属について、帰属先が、法人なのか、個人なのかの2つにはっきりと分かれます。
それをまとめたのが、図表1です。つまり、初めの3つ、「特許を受ける権利」、「実用新案登録を受ける権利」、「意匠登録を受ける権利」においては、原始的帰属は従業員、個人です。一方、その後の3つ、「半導体集積回路配置の登録を受ける権利」、「一般の著作権」、「プログラムの著作権」の原始的帰属は企業、法人です。
同じ、企業内における職務発明等にかかる権利であっても原始的権利者がまったく逆であるというこれらの法は、ドイツの法制度をもとに形づくられています。
日本においては、法人発明が否定されています。すなわち、「発明をしたことによって生ずる特許を受ける権利は常に原始的には自然人である発明者に属するもの」※1とされています。これを前提に特許法では、企業活動に伴う発明にかかる特許を受ける権利は、職務発明として発明者から企業に対して承継される枠組み(職務発明に関する特許法三五条)※2が用意され、その譲り受けの際の要件が、「相当の対価の支払い」です。企業には通常「実施権」があり、実施することはできますが、第三者にライセンスアウトができないため、原則的には企業が譲り受けているというのが現状です。
つまり、企業にとってみれば、発明報償金は、「報奨」の意味もありますが、まず、「対価」、すなわち「報償」が前提であり、したがって、「権利継承の対価」をどのように解釈・算定するか、という成果主義とは別の論点が前提にあります。
「相当の対価」は、複数の裁判例をみてもケースバイケースで、算定が非常に困難です。発明報償金制度として対価の金額をいくらとするかは各社手探りで決めている状況です。
たとえば、収益があがっている場合、利益につながるまでのプロセスをひとつひとつ整理しながら、個人側の貢献度と企業側の貢献度を総合勘案して決めていく必要があります。話題のビジネスモデルも、企業と個人の貢献度の境界をひいて評価することが、非常に難しいタイプの特許だといえます。
なお、米国では、対価の支払いは契約の問題とされており、特許法が対価の支払いを強制してはいません。
| 図表1 |
企業活動の成果としての知的財産権の原始的帰属、とりわけ職務発明等にかかる特許を受ける権利等の原始的帰属に関する取り扱いについて |
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権利
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企業主体との関係での権利の帰属状況
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| 特許を受ける権利 |
従業者等の職務発明について、「相当の対価」の支払いを要件として、承継あるいは予約承継することができる
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| 実用新案登録を受ける権利 |
特許を受ける権利に準ずる |
| 意匠登録を受ける権利 |
特許を受ける権利に準ずる |
半導体集積回路配置の
登録を受ける権利 |
従事者が職務上創作したものにつき原始的に取得(※) |
| 一般の著作権 |
法人等の発意に基づき従事者が職務上作成したもので、法人等が自己名義で公表するもの(資料の性質上仮に公表さ
れるとすれば法人の名義で公表されるようなものも含む<判 例>)につき原始的に取得(※) |
| プログラムの著作権 |
法人等の発意に基づき従事者が職務上作成したものにつき始的に取得(※) |
| (※)契約等で別段の定めのある場合を除く。 |
| 出所: 「企業活動の成果たる知的財産権の原始的帰属について」『知的財産権の現代的課題』(信山社、95年) |
「法人発明」否定の根拠
では、なぜ職務発明は企業のものにならないのでしょうか。
特許庁『工業所有権制度改正審議会答申説明書』(1957年)では、次のように述べています。
「経済的にみると今日の社会においては発明活動は企業にとって欠くことの出来ない経済活動となっており、従って各企業は研究を組織化し、技術の各分野を総合して計画的に発明活動をなしており、重要な発明はすべてそのような状況の下において初めて生まれて来るのである。いわば集団による発明の時代であって、一個人の天才のひらめきによる時代は昔のことである。このような現実からすると、この集団すなわち法人に発明についての権利を与えないのは少し片手落ではないか」
このような問題意識を示しながら、それでもなお法人発明の制度を採用しなかった理由は、
「……現実においては被用者たる発明者が十分にむくいられているとはいえないのであり、そのような現実を一歩前進して今少し被用者たる発明者を厚く遇した方が発明奨励の目的にかなうというのであり、そう考えると法人発明を認めることは却ってその意味からみて逆行することになりはしないかということを恐れたためではないかと考えられる」
つまり、労働政策的な見地を重視し、法人発明を是認せず、職務発明規定による発明奨励の法的枠組みを維持したのです。
今後の方向性
法制度として、現行法のままでいくなら、企業と個人の間で「相当の対価」をめぐってトラブルになった場合に、仲裁する専門の機関を設けることが必要かもしれません。ドイツは、日本と同様の法体系ですが、「相当の対価」をめぐって、トラブルを仲裁する機関を設けています。
では最後に、法制度と労働政策双方から、もう一度、発明報奨金制度の現状を考えてみましょう。
特許をめぐる企業対個人の訴訟は起こっていますし、増えるでしょう。一方で、プログラムやその他の著作権をめぐる訴訟は、企業対個人でそれほど問題にはなっていません。その理由として著作権の権利は企業に所属するのですが、相当の対価の支払いが法律で強制されていない点が挙げられます。ただ、むしろその職務著作を行った個人に、もし充分にその成果に企業が報いることをしなければ、個人は、企業に訴訟を起こすことを考えるより、独立、もしくは辞めてしまうからかもしれません。
法制度論の論点としては、原始的帰属と相当対価の支払いという観点があり、「成果」の話にはそのままなりにくいのですが、経済活動のほうが先行して合理的なものになっていけば、報われない人は、著作をする人だろうが、発明をする人だろうが、スピンアウトすると思うのです。ですから、アメリカにはこういう難しい議論はないともいえます。
発明報奨金の高額化が話題になる一方、企業内の著作権は議論にあまり上りません。しかし特許と著作権は何が違うのか。実質的な差は余りないように思われます。特に、プログラムは、著作権で保護されると同時に特許でも保護されうるのです。
企業の人事施策としては、「特許」に「報償」と「報奨」を配慮し、成果に報いるのと同様に、「著作権」にも、正しく成果主義を考え行うことが大事なポイントではないかと、私は思います。
| ※1 |
| 特許庁編『工業所有権法逐条解説』(第15版)103頁(1999年) |
| ※2 |
| 従業者等は、契約、勤務規則その他の定により、職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者等のため専用実施権を設定したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する。
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末吉 亙(すえよし・わたる)
1981年東京大学法学部卒業、83年4月弁護士登録。第二東京弁護士会所属。著作・論文として『(第三版)特許・意匠・商標の基礎知識』
(共著、青林書院、99年)、『(新版)インターネット法』(共著、商事法務研究会、99年) 「企業活動の成果たる知的財産権の原始的帰属について」(知的財産権の現代的課題 所収)、「21世紀におけるヒトゲノム解析の知的財産権法の課題」(知財研フォーラム42号 所収)、ほか多数。 |
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