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リクルートワークス研究所
 

経営的視点から人材価値を考える
〜「知的資本経営」の視界〜

フリーライター
小林誠一


2000 年 12月 10 日

 去る11月10日、「経営的視点から人材価値を考える〜『知的資本経営』の視界〜」と銘打ったワークス・シンポジウムが、リクルート・ワークス研究所により開催された。
 シンポジウムでは、ワークス研究所から、2つのメッセージが投げかけられた。ひとつは、「個と企業の関係を再構築し、経営と人事をつなぐキー・コンセプトとして『知的資本』をおいて、人材・仕事・組織を捉え直してみませんか」というメッセージであり、もうひとつは、「人的資本を中心とした知的資本を最大化することで持続的成長をめざす」という経営への提言であった。
 当日は、この2つのメッセージに賛同した5氏が基調講演とパネルディスカッションを行った。基調講演を行ったのは、世界初のIC(知的資本)ディレクターの肩書きをもつレイフ・エドヴィンソン氏と、戦略的HRMを構築したデボラ・アミドン氏である。パネルディスカッションには、この2氏に加え、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の野中郁次郎氏、花王特別顧問の常盤文克氏、松井証券代表取締役社長の松井道夫氏が加わった。
 知識や知的資本といったものは、もともと目に見えないものである。そのため、基調講演は抽象概念を多用したものとなり、内容の理解が難しい部分もあった。しかし一方で、シンポジウム参加者のアンケートをみると、「知的資本経営の視界に興味をもった」「企業経営や人事のあり方を見つめ直す必要がある」といった問題意識が多々記述されていた。
 そこで本稿ではパネルディスカッションの中でキラリと光ったパネリストの方々の発言に焦点を当ててみることにする。1991年にスカンディア社に知的資本(IC)経営を導入したエドヴィンソン氏も、IC導入の第1段階であるE伝道活動Fにおいては、「財務部門の特権に挑戦するために社員の関心を引きつける言葉を用い、ICのパイオニアたちの社内でのパワーを増すことが必要です」と、『インスピレーショナルな知的資本入門 心の会計学』の中で述べておられるのだから。

"知識創造"に日常的にどう取り組むか?

 知」や「知識」といった目に見えない抽象概念を巡る議論は、どのようにも捉えることができる。パネルディスカッションでは、それらはどう話されたのだろうか?


 「エドヴィンソンさんもアミドンさんも、絵や写真を使ったり、図を使ったり、"知"を巡る抽象的な議論を皆さんにできるだけ分かり易く伝えようといろいろ苦労していらっしゃいます。それだけ"知"は、分かりにくい、定義が不可能なものなのですが、むしろ私は皆さんが懸命に"知"について自分の考えを述べられる姿自体が"知"そのものなのだと感じました。言葉にして口頭で伝えてみる、文章にして人に投げかけてみる……そういうところから"知"の輪郭がぼんやりとでも浮かび上がってきます。そうするといよいよ"知"にとりつかれて、今日のお話にありましたようなナレッジワーカーになることも、知的資本を企業活動の中に活かすこともできるようになるのではないでしょうか。そのようなわけで"知"の定義にあえて拘泥せずに、どんどん使ってみることが重要だと思います。それはちょうど"愛"といわれても定義できないけれど、誰もそれがあること、価値があるということに反対しないのと似ています。
  もうひとつは、分かったけれど、会社に帰るとはたして何をしていいのか分からないのがこの"知"なんですね。でもそういうことをふまえた上で、やはり私は、"知"こそ企業を動かす原動力であり、これからは知的存在感が豊かな企業が、財務的に豊かな企業よりももっと評価される世界になってくるのではないかと思います」(常盤文克氏)


 「頭がいいとか、悪いとか、鋭い意見を言うとかそういうことではなく、これからの時 代"考えること"、それもいかなるしがらみにもとらわれずに、自由に自分の頭で考えることが求められていると思います。私は講演の後で聴衆の方々とよく話をするのですが、その中で80歳以上の方の話が一番参考になります。経験と知識がある上に、彼らには、自分がこう言ったらどうなるかというしがらみがない。しがらみにとらわれていると、つい"そうはいっても"なんて言いたくなりますが、"そう"分かってるんだったら、やれよと言いたくなってしまいます。いずれにせよこれからは、人間が人間であるゆえん、考えるということ、そして自分の頭で考える人が主役になる時代です」(松井道夫氏)


 「"知"を語る際に、その定義にこだわり過ぎるより、違いや特徴を識別することが重要です。また従来のインプット、アウトプットだけの機械論的な説明ではなく、知識を生命体や地形、天気図、周波などさまざまなものに喩えてみるのも有効ではないでしょうか。たとえば匂い、音楽、関係、コミュニティー、そしてDNA、これらのものはすべて周波に喩えられます。スカンディアの場合もIC導入の初期段階では、財務資本を表すために用いられていた円グラフや棒グラフではなく、視覚的な喩えや具体的なエピソードの形で知的資本の評価方法が紹介されました。そして知的資本が財務資本を生み出す原動力であるという社内的なコンセンサスを最初に形成したことが、同社がIC導入に成功したポイントなのです」(レイフ・エドヴィンソン氏)


 「情報がコンテクスト(脈絡、文脈)のあるデータであるのに対して、知識は意味のあるデータだといえると思います。それはあなたにとって意味のあるデータであり、だからこそ学ぼうという気になり、その過程で触発され、さらに知識を渇望し、他人とも分かち合いたいとも思うのです。我々の時代の問題は、情報は望んだ以上に溢れているのに、知識が不足しているということです。また英知(Wisdom)とは識見(Insight)を備えた知識であるといえると思います。マネージャーにとっては、集団的な英知、識見をいかに活用して、組織外部、内部の人々をより意味のある方法で結びつけていく環境をつくるかが課題となるのではないでしょうか」(デボラ・アミドン氏)


 「知識とは深い思索や実践を通じて自分のものになっている情報だといえます。哲学的に言えば、正当化された真なる信念(Justified True Belief)となりますが、信念は、思い、夢、仮説、問題意識と言い換えることもでき、それらはすべて主観的なものです。ただそれだけでは他者に伝わりませんから、言語化して正当化されないと"知"は完成しないわけです。また先日バークレーで主催した「ナレッジとインターネット」と題したナレッジ・フォーラムでは、ITという言葉は半分くらいしか耳にしませんでした。ITよりも、人々の間にどのようにして信頼を生み出し、"知"を生み出していくかといったようなことが議論の主題であり、現在の日本の、ITがすべてといった風潮は、時代遅れだと思います。ITでは情報の共有はできても、そこに人間を組み込まなければ"知の創造"はなし得ません。ナレッジプロデューサーを育成するためには、いかに高質な暗黙知経験を形成するかが大切であり、それは修羅場経験だということもできます。そして高質な経験を概念に転換する能力が最終的には求められます。修羅場を潜り抜けるタフネスと、概念構築能力をあわせもった人材を、私は、"知的体育会系"と呼んでいます」(野中郁次郎氏)

未来の組織のデザインとは?

 「私は現在インターネット株取引の企業を経営していますが、その社員数は現在約190名。でも21世紀は20名ぐらいが企業規模の単位になるのではないかと思います。小学生でも、中学生でも仲間といえば大体20名くらいだったでしょう。"この指とまれ"と言った奴がリーダーになって、そのリーダーの思い込み=信念に賛同した連中の中から大体5名くらいのマネージャーが生まれる。そして自分たちの考えで組織をつくっていく、そんな時代にこれからはなっていくのではないでしょうか。ひとりひとりが頭で考えたことを容易にコミュニケートできるという意味でも、20名という単位がふさわしいと思います。考えない人間なんていないわけですから、みんなが考えた結果を事業や組織づくりに活かせる規模、仕組みをつくっていけばよいのではないでしょうか」(松井道夫氏)


 「私は誰もが才能(Talent)をもって生まれてきていると信じています。なにしろ、平均的な人間は1日に1兆のアイディアを生み出す潜在能力を有しているという説もあるのですから。組織の役割はその才能を活かす、解放することであり、消費することではありません。そういった意味で人事をHuman Resourcesと称するのは、時代遅れのような気がします。なぜなら人材は、消費するための資源ではなく、未来の収益を生み出すための資本だからです。組織は人々の才能に鍵をかけたり、かせをはめたりする砦であってはなりません。
  それと、松井さんの20名ぐらいの単位の事業体が適当という考えに私も同意します。スカンディアの場合もIC導入前1万人いた社員を5000名に減らし、その代わりにネットワークに属する人々を10万人に増やしました。その結果、現在ではスカンディアの人的資本のうち96%は社外の人材になっており、さらに1時間に2人の人材をネットワークに招き入れることが目標となっています。こうした組織構造の変化に伴い、人事部門は、異なるタイプの雇用契約、研修制度、報酬システムを創造しなければなりません」(レイフ・エドヴィンソン氏)


 「多くの企業がダウンサイジングの潮流の中でただ社員の数を減らすことだけ考え、減らした分を補うネットワークを構築することを忘れています。ナレッジへの配慮を欠いた盲目的なダウンサイジングやアウトソーシングは、知的資本を枯渇させます。また、知識を身につけたり、応用したりする意欲が低く、パフォーマンスが優れない社員でもただ追い出せばよいというものではありません。彼らがその能力を発揮できないのは、適切な環境が整えられていないためであることも多いのです。特に構成員がナレッジを囲い込み、共有化しようとしない組織のあり方は問題です。 新しいミレニアムでは、協調の上に生まれるナレッジが最も強力と理解すべきです」(デボラ・アミドン氏)


 「いま、多くの業界で顧客の囲い込みということが行われていますが、私はこれは時代に逆行することだと思います。お客さまに自分が提供する以外の経験をしていただくことで、自分たちのよさを逆に理解していただいたり、自分たちが他社よりさらによいものをつくる努力をすることの方が、はるかに重要だと思うのです。囲い込んでしまったり、内部で抱え込んでしまうと"知"は濁ります。またサプライチェーンという考え方も、川上から川下へモノを流すというサプライヤー側の発想です。しかし、"知"は、製品やサービスが顧客に使われてはじめて生まれるものなのです。したがって"知"の始発駅は顧客であり、企業は終着駅に過ぎないと認識すべきです。大切なのは、顧客の側で生じた"知"を企業側にフィードバックしてもらう仕組みをつくり、企業は顧客の"知"をベースにさらによい製品なりサービスを提供するよう努力するということです。供給者側の論理の顧客への押しつけではなく、ディマンドとサプライのサイクルが円滑に機能していることが大切なのです」(常盤文克氏)


 "知"は、他者とのインタラクションを通じて見えるようになります。したがって"知"を大きくするためには、インタラクションの"場"が必要となります。大切なのは、最も効率のよい知の創造・活用の相互作用の場をどう設計し、支援するかということだと思います。
 よい"場"をつくるためには5つほどの条件があると私は思っていまして、1番目はメンバーに自由度があること、2番目はメンバーに規律、ビジョン、ベクトルが共有されていること、3番目に境界が開かれていること、4番目にいろいろな視点をもった人が集まって本質的な対話をすることです。最後はメタファーになりますが、私はよい"場"は、球体になるのではないかと思います。表面積は最小で体積は最大、中心は無、そしてどの点からの中心までの距離も等しい、そういう"場"が理想なのではないでしょうか」(野中郁次郎氏)

自社の知的資本は何なのか?

 パネルディスカッションの場は、このような示唆に富んだ発言に彩られた。壇上で、ディスカッションをナビゲートしていたワークス研究所の蒋麗華主任研究員は、その場の雰囲気を振り返ってこう語る。
  「会場でメモをとっている人が多かったのが印象的です。パネルディスカッションのナビゲーター役として、話の流れを何かひとつの方向性でまとめていくこともできたかもしれませんが、そのようなことは最終的には行いませんでした。パネリストの言葉を、会場にご参加いただいた聴衆の方々が、それぞれに受け止めていらっしゃる流れを感じたからです」
  エドヴィンソン氏、アミドン氏も、シンポジウム終了後、「今日は、日本の経営者や知の研究の第一人者である方々と、知について本質的なメッセージが交換できました。これまで世界中の何十というシンポジウムに参加してきましたが、本日のような場はなかなかありません」と話されていた。
  恐らく知的資本経営に関しては、どこからどんな切り口で話し出したとしても間違いということはなく、まず必要なのは、インタラクションのための"場"をつくり出そうという意思ではないのだろうか。たとえば、身近なところから、「自分の知的資本は何なのか?」、あるいは「自社の知的資本は何なのか?」「私の才能を倍増させる構造資本はこの会社に整っているか?」「働く社員の才能を倍化させる構造をどうつくっていったらいいのか?」などから話し合ってみるのはどうだろう。こういった話は、会議室ではなくキッチンのようなリラックスできる場所が向いているのだとエドヴィンソン氏は言う。では、日本ではそのような場はどこであろうか。日本人の私たちの場合、最近流行りの"立ち飲み酒屋"になるのだろうか……?

シンポジウムのプログラム内容

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「知的資本とナレッジワーカー」
大久保幸夫
ワークス研究所 所長

基調講演1
「世界初のICディレクターの軌跡」
レイフ・エドヴィンソン氏
ディレクター・インテレクチュアル・キャピタル
スカンディア社を例に、知的資本経営の確立プロセス・発展段階と、経営へのインパクトを語る。

基調講演2
「戦略的人事の先駆者の視点」
デボラ・アミドン氏
エントヴェイション・インターナショナル、ファウンダー&チーフ・ストラテジスト
アミドン氏自身の経験に基づく、ストラテジック・ナレッジ・イノヴェーション

パネル・ディスカッション
「人材の能力を活かす経営システムを考える」
パネリスト
レイフ・エドヴィンソン氏
デボラ・アミドン氏
野中郁次郎氏 一橋大学大学院国際企業戦略研究科 教授
常盤文克氏 花王 特別顧問
松井道夫氏 松井証券 代表取締役社長

ナビゲーター
蒋 麗華 ワークス研究所 主任研究員

※シンポジウム終了後の参加者アンケートによれば、「知的資本経営は、経営や人事に役立つか」という質問に対して、「大変役に立つ25%」「役に立つ62%」と、知的資本経営に高い関心が寄せられている。

小林 誠一(こばやし・せいいち) 求人媒体のライターを経て、現在は金融、介護ビジネス、NPOなどをテーマに雑誌に記事を発表している。

『Works No.43 人材獲得競争』(2000年12月発行)掲載

 
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