|
「『より少ない若年とより多い中高年』がともに活きる道はこれだ!」
官庁が発信したものとしては十分に“センセーショナル”なコピーが腰巻きに付いた「平成12年度版労働白書」が発行された。「高齢社会の下での若年と中高年のベストミックス」というショルダーフレーズにもある通り、失業率・無業者などを含め、雇用に関する二大テーマへのアプローチは、時流を捉えたものである。論点について、共感できる部分もある。ここでは、「中高年」にフォーカスして雑感を述べてみたい。
限定された求人件数。年齢という障壁。中高年問題を語るとき、必ず出てくる言葉だ。ジョブマッチングを考える上で、避けては通れない問題である。白書では、9割の求人に年齢制限があり、平均は41.1歳であるとしている。この数字は、公共職業安定所に求人を出している企業の平均であり、我々が人材ビジネスを通じて実感している数字は、それより低いものとなる。巷間に言われている通り、35歳を過ぎると、求人が激減するというのは、決してオーバーな物言いではない。
図1は、「求人年齢要件設定の理由」を問うたものだ。一番の理由として挙がっている「体力的な問題」は、「体力」を求人要件として問うことの是非は置いておくとしても、年齢と職業的体力の相関がリニアであるということには納得感が乏しい。二番目に挙がる「賃金」の問題は、本質的には「年功的(年齢給的)給与体系」の問題である。その構造的課題については、ほぼ議論がし尽くされており、これは時間が解決するであろう。いちばんの問題は、三番目に挙がる「年輩者は職業能力的に対応できないから」という社会的認識ではないだろうか。
| 図表1 求人年齢要件設定の理由(単位 %) |
 |
| 資料出所:「求人の年齢制限に関する実態調査」(労働省職業安定局委託調査、1999年) (注)複数回答。 |
「あなたは何が出来ますか」
「部長が出来ます」
このジョークが流通し始めたのは、いつのころからだろう。大企業の中高年者をして、揶揄する上では恰好の材料となったこのフレーズに、敢えて異を唱えたい。
確かに、年功的な処遇の中で、いつのまにか役職者となってしまった人材がいないとはいえまい。しかし、多くの人材が、決してぬきんでていなかったとしても、それまでに然るべき仕事を仕上げ、業績をあげ、今日のポジションにいる。大企業の中にも、緩やかではあれ「競争・選抜」のシステムはこれまでも存在し、ネガティブな評価を受けた人材は、然るべきポストを手にしてはいないはずだ。しかるに、そうした人材(「部長」という言葉が象徴的に使われるのは、それが中高年者と重なるからであろうが)に対し、判で押したように「無能」のレッテルを貼るのはどうしてだろうか。
思いつくままに挙げてみよう。「実務を離れ、マーケットや顧客のことを知らない」「現状に必要な技術・スキルを持ち合わせていない」「組織のフラット化が進み、ITの進化の中で、企業内の上位下達的コミュニケーションが崩れ、中間管理職という存在が無用化している」「右肩上がり時代のマネジメントでは、イノベーションは生み出せない」などなど……。
理由はいくらでも挙げられそうだ。それがその人材を「無能」呼ばわりすることとは直結しないはずだ。
10年、20年という年月をかけることによって培われる能力というものが、あるはずだ。ある種の経験を積むことによって、着実に蓄積されていくような職業能力。若年でも、いや、であるからこそすぐに身に付く最新の技術やノウハウとは一線を画するようなものが、あるはずだ。
少し前に以下のような求人があった。
「個人を対象とした住宅の仲介営業。信用を大切にしたいので、60歳以上の方を募集」
新聞記事にもなったので、ご記憶の方もいるだろう。これは確かに、現時点ではレアケースだと言える。しかし、この不動産仲介という仕事を、「因数分解」すると、
◎人間的な信頼構築力
◎極めて個別性の高いニーズに合ったコンサルティング力
◎粘り強い情報収集力
◎数多くの「人生」に対する知識
◎突飛なオーダー、思わぬクレームに対する対応力
……どうだろう、私見による解釈ではあるが、住宅営業の専門的知識・スキル以外に、汎用性のある、かつ長い年月によって蓄積されそうな能力の集積によって、この仕事が構成されていると言えないだろうか。
また、因数分解した要素に改めて注目すれば、それぞれの能力は、住宅営業以外の仕事によっても、当然培うことが出来る。即ち、職種、経験という限定的なマッチング要素を抜け出した、新たなマッチングロジックによって、中高年人材が身に付けている能力を活かした「セカンド・キャリア」の設計は、必ずや可能である。「大企業の部長」をしている人も、「キャリアの棚卸し」という作業を丁寧に行えば、改めて自身の能力を把握できるはずであり、新たな職業選択の視点が生まれるはずだと思うのだ。
こうした議論において、必ず出てくる「企業特殊的能力」についても、反論しておこう。多くの中高年者は、特定企業に長くいるあまり、その企業内のみで通用するような能力・スキルしか身につけていない……というまことしやかな意見は、上記のような因数分解、あるいは同様の概念であるコンピテンシーの前には、無力であろう。極端に言えば、上司にごまを擦ってポストを獲得してきた人にも、その過程で得られた「汎用的能力」がないはずはないのである。
しかし、「キャリアの棚卸し」という作業は、容易に出来るものではない。社会人生活を初めからひも解き、成してきた仕事を整理し、一つ一つの体験から身に付いた自身の能力、スキル、あるいは経験を通して把握した自身の適性、あるいは不適性を抽出していくことは、難易度のとても高い作業に違いない。今号の特集でも取り上げた「キャリア・カウンセリング」のノウハウ、もっと言ってしまえば、優秀な「キャリア・カウンセラー」の存在なしでは、長期かつ複雑なキャリアを持つ中高年の棚卸しは容易ではないだろう。そして今、マーケットには、残念ながらこのキャリア・カウンセラーが決定的に欠落している。
アウトプレースメントの現場の「良からぬ話」を聞く度に、信頼し、尊敬できるとはとても言えない仲介者と対処し、自身の今後に何の希望も持てなくなっている中高年の姿が目に浮かぶ。人材ビジネスに携わるものとして、忸怩たる思いが消えない。
| 豊田義博 |
とよだ・よしひろ
(株)リクルート入社後、新卒採用事業に長く身を置き、企業への採用広報提案、就職情報誌の編集に携わる。『就職ジャーナル』『リクルートブック』編集長を経て、98年4月より本誌編集長。 |
|
『Works No.41 キャリアカウンセリングの未来像』 (2000年8月発行)掲載
|