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CASE-1

メーカーからソリューション型企業への大転換

日本アイ・ビー・エム


2000 年 6月 10 日

 日本アイ・ビー・エム(以下日本IBM)は、1990年代に「メインフレームメーカー」から「顧客サービスを重視するソリューション提供型企業」へと変貌を遂げた。 1980年代に情報産業の革命、すなわちダウンサイジングとソフト化の波に直面し、その中で新たな道を模索し苦悶したものの、見事に復活したのである。前述の顧客価値提供の戦略フレーム上の「(4)ニーズ創造型」企業から「(1)コンサルタント型」企業へ、つまり「製品」から「サービス」へとビジネスによって生み出す価値が変化するプロセスの中で、今回のテーマである「人材ポートフォリオ」はどのように変わったのか。経営戦略の転換を、人材マネジメントでどうサポートしていったのだろうか。

図表1 日本IBMの顧客価値提供の戦略フレーム

図表2 日本IBMの経営戦略の変遷
1990年代初め メインフレームから、ダウンサイジングの時代に
パソコンが主流になり、ハードからソフトへの時代の転換も。
情報産業の革命的な変化の中で、メインフレームを主事業としていた日本IBMの経営環境が悪化。
アメリカ本社で積極的なコストの見直し、人員の削減など、積極的なリストラクチャリングが始まる。
1990年代中頃
日本IBMでもリストラを開始。コスト構造の見直しや、関連会社への出向者の転籍、セカンドキャリア支援プログラム(早期退職制度)など「日本的」な人員削減策も実行。
顧客主義の標榜、日本でもサービスビジネスへと軸足を移す。
「プロフェッショナル専門職制度」を発足、事業分野ごとの専門職の育成、評価制度もそれに見合ったものに切り替えていった。
世界共通の専門職データベース「SKILLS」の作成。顧客の要望に合わせ、国内外を問わず最適なチーム編成が短時間で行えるように。
1990年代終わり〜2000年
在宅勤務を認める「e-ワーク制度」を導入予定。今後、育児・介護という理由のある人だけでなく、さまざまな職種への拡大も視野に入れている。
雇用形態、報酬体系を従来の就業規則に沿わない形態で雇用する、非常に高い専門性を持つ人材も登場。社員に対して、多様な働き方を提供できるように、さまざまな施策を検討している。


90年代、IBMの経営革新が始まる

 まずは、同社の経営革新の歩みについて、人事・組織担当理事・斉藤紀夫氏に聞いた。
 「IBMの革新の1度目は、80年代から90年代にかけて起こっています。80年代の前半に日本IBMが世界にパソコンを定着させたにもかかわらず、相変わらず収益の柱は大企業向けの大型汎用機が中心のいわゆる製品ビジネスに頼っていました。本当はこの時期にパソコン、ソフトにも重点を置いた戦略に変えていれば、と後になって気がついたものの、産業構造の転換が思った以上に進んでいて、このまま製品主体のビジネスでは立ち行かなくなるであろうと真剣に考え始めたのは、80年代の終わりのことだったのです。さらにその後、アメリカ本社の会長が現在の会長であるガースナー氏に交代したことも影響して、アメリカで経営の革新が加速しました」
 アメリカ本社の経営革新は、3つのポイントがあった。
 1つ目は、大規模なリストラクチャリングの開始だ。まず試みたのは、製品ビジネス中心だった時代のコスト構造のリストラだった。メインフレームからパソコン、ソフト、ひいてはサービスで収益をあげられる構造に転換を図った。この過程で、IBMの歴史の中で守られてきた「完全就業保証」を撤回せざるを得なくなった。リストラだけでなく、IBMが得意としたメインフレームなどの製品ビジネスの次に、どんなビジネス領域を中心に据えるかという戦略も明確にされた。ここで、製品ビジネスからメインフレーム、パソコン、ソフトなどすべてを含めた製品ビジネスから、サービスビジネスへの転換を明言したのだ。IBMの製品を売るだけではなく、顧客がそれらを使いやすいように、要望に合わせて導入し、運用する顧客志向への転換でもある。すでに技術革新をにらみ、ネットワーク上で行われるビジネス、すなわち電子商取引などをも視野に入れたサービスへのシフトを考えていた。
 2つ目は、国際化へのシフトである。IBMはそれまで、国単位の経営を大事にしてきた。日本IBMであれば、日本の顧客に溶け込むように日本化を進め、日本の市場の独自性を反映した意思決定の仕組みを持っていた。しかし、80年代後半、経営環境の悪化に苦しんでいたIBMをよそに勢力を伸ばし、新しい市場の担い手となったのはマイクロソフトなどの新興企業だ。これらの企業への対抗策として当初考えられたのが、分社化などによる、特定の分野に特化した小さな動きの速い企業への変貌である。しかし結果的には、競争するにあたり、新興企業と同じ戦略をとっても新興企業以上にはなれないであろうという判断が下された。競争に勝つには、新興企業とは違う戦略、つまりIBMが持つ多様性、総合力を生かしたほうがいいという意見が主流となったのだ。IBMは世界に広がる企業なので、多くの国に会社があり、製品もさまざまなものを扱っている。また、顧客の要望も国ごと、製品ごとに違い、それを扱ってきた蓄積もある。こうした多様性を生かした経営を行うには、多様性を生かした組織体制であること、グローバルな企業であることが求められるということになった。この段階で、国ごとの意思決定システムだけでなく、情報やノウハウ、アイデアが国を超えて行き交う、それを顧客サービスに生かせるグローバルな意思決定システムをあわせてとる決断をした。
 そして、これまでの成功体験を捨てるという企業文化の変革も行われた。これが3つ目の革新である。長い間の製品ビジネスでの成功は、企業体質の硬直化を招いていた。顧客満足度を考えるよりも、技術本位(プロダクトアウト)の製品を売るといったケースが横行していた。外と競争しているという意識も薄れ、社内での競争や対立に時間を費やしていた。市場を意識していないので、一つ一つの行動や意思決定に時間がかかる――こうした企業文化から、新しい市場に即した企業文化への転換を図ろうと、舵を取ったのである。


人材マネジメントも経営をサポート

 人事部門は、これらの革新において、大きな役割を果たすことになる。人員削減などを含めたリストラの推進だけではなく、大きくは3つ目の「企業文化の変革」において、経営をサポートした。
 これらの革新において、IBMの命題は、「競争に勝つ強い企業に生まれ変わること」であったという。
 「大企業病にかかった企業文化を変えるためのリーダー、強い企業になるために組織をマネジメントできる技術を持ったリーダーを育てていかねばなりませんでした。あるアクションをすれば同じ現象が起こる、つまり同じことを繰り返していればいい時代であれば、管理統制型のストロングマネジメントでいいわけです。しかし、90年代に入って何をすればお客様のためになるのか、常に自分で考えることが必要になってきた。社員一人一人が自分で考えて、お客様にとって正しいことを組み立てる。『正しくこなす』のではなく、『正しいことをする』ということです。そうなると、求められるリーダーシップは管理統制ではなく、皆が創造的なアイデアを言い合うような組織風土を作るということになります」(斉藤氏)
 また、先に述べたように、完全雇用の約束を捨てた。これは単に人員削減を行うという短絡的なものではない。雇用の安定は会社だけが作り出すものではなく、社員が一緒になって取り組むべきだと方針を変えたのである。
 「雇用を安定させるというのは、結局は強い会社になることと同じです。強い会社にするために社員がしなければならないことは、自らが携わる分野の専門技術を磨き、お客様のためにそれを生かすこと。そうすれば、会社は強くなって、結果として雇用の安定が実現するのです」(斉藤氏)


アメリカ本社の戦略が日本IBMに与えた影響

 以上のようなアメリカで起こった変化は、日本IBMにも少なからず影響を与えた。
 日本でもアメリカと同様に、製品中心からサービス中心のビジネスへの転換が起こり、アメリカと同様の経営戦略の革新や、人事戦略にも変化が起こったのである。ここから、日本IBMの人材戦略の転換と、それに伴う人材ポートフォリオの変化についてみていく。

図表3 日本IBMの人材ポートフォリオ


 「人事戦略においては、日本での現象はアメリカと比べてすべて“マイルド”なものでした。日本では、完全雇用の約束はなかなか捨てず、93年以降日本的なやり方、つまり早期退職や関連会社への出向者を転籍扱いにするといった手法をとりました」  と斉藤氏は説明する。また、経営革新に伴う求める人材の変化に対しても、アメリカより「マイルド」な手法でこれに対応していく。
 「企業が一気に風土を変えるには、外から人材を受け入れるのが手っ取り早い。アメリカは従来から流動的な労働市場があり、外部から人材が調達しやすいのです。しかし、日本では難しいので、主に教育や制度の転換という手法で革新を進めてきました」(斉藤氏)
 このうちのひとつは、リーダーの育成。企業文化を変える核となる人材であり、創造的なアイデアを出しやすい組織を作る人材である。それまでの管理統制型のリーダーから、求めるスキルを大きく転換し、その育成にあたった。図表3で見ると、「マネジャー(組織の経営資源を統合して、既存の仕組みを効率的に運用する人材)」から「エグゼクティブ(組織の経営資源を統合して新たな価値・ビジネスを創造する人材)」へと、IBMの求めるリーダー像が変化していると考えられる。
 さらに、現場の人材、一般社員に対しては、顧客満足を追求するための組織体制を整えた。顧客満足の追求のために、現場の社員に対して会社が求めたものは、「専門的な知識、技術を持つ人材になること」である。「プロフェッショナル制度」を導入して、サービスビジネスを行うにあたり、現場の仕事がどうあるべきかを分析し評価規準を作った。また、それぞれの職務に必要な知識や技術を補うための教育にも注力し、「プロフェッショナル」の育成にもあたった。
 このときに、「プロフェッショナル」は、「専門化された知識・技術・能力に基づいて仕事に従事する人」であり、専門化された技術とは、「長期の教育・訓練によって獲得される」「どんなときでも通じる本質的・普遍的技術」「手法・アプローチが明確で、他人が理解し得る技術」「知識だけではなく、実現する技能」といった定義づけがなされた。具体的にいうと、営業・サービスに従事するそれぞれの職種については、図表4のような仕事の領域が提示されている。ハード、データベース、ネットワークなど領域ごとに、これらの専門家が存在する。

図表4 日本IBMの営業・サービスプロフェッショナル職種
セールス系
クライアント・リレーションシップ ・・・ 担当するお客様との良好なリレーションを維持・構築し、お客様満足度およびビジネス戦略に責任を持つ
テリトリー・リレーションシップ ・・・ インダストリー・地域別に区分けされたテリトリーについて、お客様満足度および営業戦略の責任を持つ
セールス・スペシャリスト ・・・ 担当分野の専門知識を有し、IBMオファリングをお客様に提案する。IBMの売上目標達成に直接貢献する
サービス系
コンサルタント ・・・ お客様の課題を分析し、問題解決のためにアドバイスとカウンセリングを有料で提供する
プロジェクト・マネジメント ・・・ プロジェクト管理手法の専門知識を有し、システム構築のプロジェクト管理に責任を持つ
I/Tスペシャリスト ・・・ 製品・テクノロジー・インダストリー・サービスに関する専門技術を駆使して、高品質のソリューションを提供する
I/Tアーキテクト ・・・ お客様の課題に対して、システム、アプリケーション、プロセスなどのテクニカルソリューションを構想し、設計する
エデュケーション ・・・ 研修コース開発・提供技法を駆使して、効率のよいソリューションとしての研修を提案・実施する
I/Tアベイラビリティ ・・・ お客様のI/Tシステムのアベイラビリティの目標を達成するために、高品質なサービスを提案・実施する


 それでは、これらのビジネス領域の転換や制度の変更が、現場の仕事にどのような影響を与えたのか。これについて、主任広報担当部員・須山和彦氏は、
 「かつてのIBMでは、今のように専門分野も細分化されていませんでしたし、一つのお客様については基本的に営業とSEが一組ずつという体制でした。たとえば、お客様から要望があったときには、ハードでもデータベースでもネットワークでも、基本的にそのチームによって、解決にあたっていたのです。新しい分野であっても、そこから勉強して、知識・技術を身につけるという体制をとってきました。現在は、営業のクライアント・レップがお客様の窓口となり、お客様の要望に応じてパソコン、ネットワークなどそれぞれのビジネス領域の専門家によるチームが編成される体制になっています。それまではIBMの製品について総合的に理解していればよかったのが、専門領域について、自社製品にとどまらず他社製品やお客様の業務知識など、非常に深い知識・技術が求められるようになったのです」
 と言う。こうして、それぞれの専門領域に特化させることにより、世界のIBM共通の専門職データベース「SKILLS」を生かし、ワールドワイドな情報交換を行ったり、チーム編成を行うなど、IBMの多様性を生かしたトータルソリューションの提供を目指しているという。
 再び、図表3に戻り、人材ポートフォリオの視点でこの転換をみてみよう。現場の営業・サービスにあたる社員についても、「オペレーター(定型業務の確実な遂行による価値を創出する人材)」から、「スペシャリスト(個人の専門性に基づき、新たな価値を創造する人材)」への変化があったのではないか。つまり、90年代に日本IBMで起こった人材ポートフォリオ上の変革は、大きく括ると「運用というミッションから創造というミッションへ」といえるだろう。


情報化による「無期契約」から「有期契約」へ

 2000年を迎えた現在、日本IBMでは新たな変革期を迎えているという。情報技術の進化により、個人のライフスタイルや人材の多様化が進んでいることが、人事戦略に大きな影響を与えているというのだ。
 「アメリカで起こっていることが、日本でも起こりつつある。まずは情報技術の進展で、インターネットを使えばどこでも仕事ができるようになった。そこで本格的な導入に至ったのが『e-ワーク制度』です。高い専門能力を持つ社員について、介護や育児を行う期間、在宅勤務を認める制度であり、従来も似た制度はありましたが、育児であれば小学校入学まで、また、在宅勤務といっても1日に1回は出社の義務があるなど、窮屈な制度だったのです。『e-ワーク制度』では、完全な在宅を許可し、期間を延長するなど、会社として能力を継続して発揮してもらえる制度を提供しようとしているのです。今後について、育児・介護という理由だけでなく、さまざまな職種で検討していますし、場合によっては正社員と定めず、週5日勤務ではない従業員も登場するかもしれません」(斉藤氏)
 また、情報技術の発展段階の中で、高度なIT技術やマネジメントスキルを持つ人材など市場価値が高騰し、既存の就業規則の中にあてはまらないケースも出てきた。
 「市場で認知された価値に準拠した報酬体系も検討し、一部の職種から採用しはじめました」(斉藤氏)
 日本IBMで今起こりつつある変化は、人材のリソースを円の外側、つまり非正規社員と呼ばれる領域へと広げる力も持つ。この円の拡大が与える影響は大きく、「まだまだ検討すべきことが多い」と斉藤氏は言う。
「『e-ワーク制度』は、在宅の勤務が中心となるだけに、勤務態度、姿勢という項目では一切評価できなくなります。ですから、さまざまな職種に適用するには、それに耐えうる評価制度を改めて検討していかねばなりません。高度なスキルを持つ人材の報酬体系や雇用契約についても然り。しかし、これらへの対応なしには、日本IBMが強い会社でありつづけることも難しいと思っています。というのも、これもアメリカと同様な現象で、日本の優秀な学生がITを駆使してベンチャーを立ち上げるケースも多くなりました。これが、企業に就職することの魅力を低下させることになりかねません。また、人材の流動化がますます進めば、当社で身につけた専門性を武器に独立したり、他社に転職してしまう人も出てくるでしょう。さまざまな雇用形態やワークスタイルを用意し、働く時間・場所の制約をなくしたり、市場価値を比べて魅力のある報酬を支払うシステムなど、日本IBMが人材を惹きつける体制を作ることが急務だと思うのです」(斉藤氏)
 以上のように「(4)ニーズ創造型」から「(1)コンサルタント型」への転換の際には、求められる役割変化について従業員の理解を促すこと、同時にその個人役割を従業員が全うするための環境作り(IBMでいえばプロフェッショナル制度やe-ワーク制度など)が重要になるであろう。

『Works No.40 戦略的HRMを生み出す「人材ポートフォリオ」』 (2000年6月発行)掲載

 
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