|
4月30日発表の労働力調査は、3月の完全失業率が4.8%に跳ね上がったことを告げた。失業率が4%を超えたのは昨年4月、以来1年の間に数字は1%近くも増えたことになる。さらに、大学等を卒業しながら職業を得られない、いわゆる「学卒未就職者」が失業者の約10%、30万人を数えるに至った。10年前、バブルに浮かれた時代のこの数字は高々5万人。
94年、就職氷河期なる言葉が巷に氾濫した時でさえ8万人であるから、事態は着実に悪化の一途を辿ってっている。メディアは氷河期の再来を叫び、就職活動に疲れ、悩む学生を追い、フリーターの増加を憂える。労働省は、今年3月に大学を卒業した未就職者を対象に、個人情報を登録して企業求人と結び付けていく特別事業を全国でスタートさせた。この施策には、しかし大きな疑問符を付けざるを得ない。
リクルートが運営する大学生・大学院生向けの就職サイト「リクルートナビ」は、4月末時点で学生の登録者は30万人を超え、企業情報は3400件を掲載するに至っている。インターネットにアクセスする機会さえあれば、大学、男女、地域を問わずにアクセスできるシステムだ。大学生の就職希望者は約38万人といわれるから、8割以上がこのサービスを利用していることになる。こうしたインターネットサイトは、他にもいくつか散見され、多くの学生がシステムの恩恵に与っている。が、これはひとつの例に過ぎない。この他にも就職情報誌、合同会社説明会など、全国、首都圏、各地域ごとにきめ細かい就職情報、機会が提供されている。さらには、大学の就職部という斡旋組織も機能している。
大学生の就職環境は他の年代とは比較にならないほど恵まれているのだ。果たして、こうした環境をもってしても就職の機会を得ることができなかった学生を、国の施策は救済できるのか。また、する意義はあるのか。
「大学生」という層をひと括り、一律に捉えているならば、それは誤りであろう。かつてのように、しかるべき選抜過程を経た少数派ではない。現世代では5割弱が大学生・大学卒という「肩書」を持つ。過半数に垂んとする「多数派」なのである。これだけの集合のレベルが均質、一律ではあり得ない。大学入学時の偏差値を指しているのではない。社会人としてデビューするに足る資質を毎年40万人からの人間に保有させるシステムを日本は有してはいない、ということが言いたいのだ。巷間を賑わすコンピテンシーになぞらえて言えば、「ある成果を上げるに足る能力を保有していると認められる」大学生は、個人的な感覚値でいえば全体の1〜2割程度であろう。インターンシップに代表される職業体験システムが機能していない以上、これは当然なのかもしれない。
アメリカには、“Take Your Child to Work Day”なるイベント・デイがある。親が、自分の子供を職場に連れて行く、企業はその子供を歓迎し、会社の様子や個人の仕事ぶりなどを見せる……言うなれば会社見学の日である(日本の企業が「インターンシップ」と称して実施しているイベントの中には、こうしたもののレベルを超えないものも散見されるが)。こうした例以外にも、初期教育の過程から「職業」や「働くこと」について身近に触れ、考える機会を持つアメリカの大学生に比べ、日本の大学生は、アルバイト、クラブ・サークル、その他の機会において、「偶然に」「ある課題に直面し」「それに対して行動した」ことぐらいしか自分の能力を披露できるものがない。そのような状況の中で、100%の大学生が社会人になることの方がおかしいと考えるのは、決して私だけではない筈だ。
産業サイドにも、ここに至る原因はあるだろう。企業の受け入れ方が現在の大学および大学生の実態を映し出していると考えれば、改革すべき点はある。大卒一律初任給のシステムは、その顕著な例だ。以前のように玉石混淆一括一律採用、10年間は給与に差はつかない……という前提であればこのシステムは必須であろうが、能力主義・成果主義へと傾斜し、新卒採用においても「職種別採用」「事業部別採用」のようにチャネルを限定したり、「エントリーシート」を利用するなどして、本人の志向・適性を見た上での採用を行う企業が増えてきているのである。是非とも学生についても「給与格差」を付けることをご検討頂きたい。かつて、一部の業界にあった「A採用、B採用」のように、入り口時点でのキャリア差別を奨励しているのでは努々ない。長期雇用を前提とした「後払い型給与体系」が崩れつつある今、能力(あるいは期待度と言い換えてもいい)について格差がある学生を、一律の給与で迎え入れることこそナンセンスであろう。能力の高い学生には、レベルの高い給与とそれに見合った仕事を、ポテンシャルはあるようだが成果がイメージできない学生であれば、給与を低く抑え、適性を推し量れる仕事を与えるのだ。
形式的ではない「試用期間」の概念を導入することも、考慮する余地が十分にある。1年なり2年なりの契約期限を定め、その間に能力発揮できた者は正社員登用する。能力・適性がない者は契約満了、次の職場を探して頂く。企業にとっては関連法についてのケアができれば魅力的なシステムであろう。学生にとっても、決して悪い話ではない筈だ。先にも述べた通り、社会経験が決定的に欠落している彼らに、22〜23の段階で間違いなく一生の選択ができるとは到底考えられない。入社後3年で3割が転職をしている状況がこれを裏付けよう。試用期間のような機会を利用しながら本人の適性を認識していくことは、長期的に見れば企業・学生双方にとって好ましい結果をもたらすという確信がある。
それにしても。「卒業したらすぐに就職するものだ」という社会通念はいつになればなくなるのか。今回に限らず学生対象の雇用施策には、学校を出てすぐに定職に就かないのは「良くないこと」「恥ずべきこと」であるとの認識が底辺に流れている。大学入学時の「浪人」は社会的に許容しながら、より大きな人生の選択である就職時の「浪人」を忌避すべき物と扱い続けるのは、凡そ時流から掛け離れている。リクルートリサーチが今春実施した「大学生の企業イメージ調査」の中では「卒業後すぐに就職すべき」と答えた学生は46%に過ぎず、「すぐに就職しなくてもいい」という回答は35%にも及ぶ。通年採用やセメスター制の浸透等の社会変化もある。「3月卒業、4月入社」という常識は崩れつつあるのだ。
欧米、とりわけヨーロッパの学生は大学を卒業しても、すぐには定職に就くことがない。旅行を続けながら、自分のやりたいことをゆっくりじっくり探すというのも幾度となく聞く話だ。そして。
「学卒未就職者」は、失業者としてカウントされていない。
|
| |
| 豊田義博(とよだ・よしひろ) |
| 新卒採用の現場に長く身を置き、企業への採用広報提案、『就職ジャーナル』をはじめとする就職情報誌の編集に携わる。就職協定廃止の折には、「就社から就職へ」のプロモーションとして、学生への企業情報ならぬ「仕事情報」の提供、インターンシップ等の推進を図った。98年4月より本誌編集長。
|
|
|
『Works No.34 Self-Employed 自営業の復権』 (1999年6月発行)掲載
|