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日本的雇用システムの未来デザイン Works Institute
リクルートワークス研究所
 

セッション1●人事・評価システム

雇用のサブシステム化がすすみ
複雑性が生じることは避けられない


ワークス研究所主幹研究員 兼 組織人事コンサルティング室室長
小笹芳央


1999 年 4月 10 日

バインディングモデルの限界

 終身雇用・年功序列に代表される旧来の日本型雇用システムをここでは「バインディングモデル」と名づける。 「バインディング」とは、「縛りつける」という意味で、企業と個人の関係という視点から見れば、 双方が相互拘束的な関係を長期にわたって継続することを志向してきたことを示している。 欧米追随型の工業化社会実現の一翼を担い、右肩上がり成長を前提とすることができた企業、生活面での欠乏感を充足し、 より豊かな消費生活を目指してきた個人、その双方が互いに補完しあう形で、「バインディングモデル」を確立させてきたのである。
 しかしこのモデルも、企業を取り巻く経済環境の急変と、個人の価値観の多様化を起因として、崩壊しつつある。 企業と個人の双方が新しい事態、つまり「バインディングモデル」から享受できるメリットよりも、 その維持継続に要するコストの方が相対的に大きくなるという事態に直面しているのである。
 複雑で高度、そして変化スピードの激しい市場環境にさらされている企業にとってみれば、 「終身雇用」「年功序列」「企業内教育」を前提とした従来の雇用システムに固執することで、 市場での競争力の低下を招きかねない。 そのために、市場での成果(利益)の状況に合わせて要員数を伸縮自在に変化させることや、 市場での競争力を発揮すること等を狙いとして、従来の画一的な雇用システムにメスを入れ始める企業が増えている。
 一方で個人の就業意識も多様化し、欠乏感を充足させるために働くというより、自らの能力や個性を発揮できる仕事を求める傾向が強くなっている。 一つの会社に忠誠を尽くし、定年まで勤めつづけることによる機会損失(より自分に合った仕事に出会う可能性の放棄によって被る損失)の大きさに気づき始めた人たちも多い。
 このように、企業側にも個人側にも雇用システムの分化を促す動機がすでに芽生え始めているのである。

雇用システムの分化


 さて、「期間の定めのない正社員としての雇用契約」中心の雇用システムから脱却し、サブシステムへの分化を志向するとき、企業はどのような軸でシステム分化を行うのであろうか。

「人件費の変動費化」という観点からは、契約期間の軸で分化が進展する。
〈長期契約(レギュラー)群 ― 期間限定契約(フェロー)群〉
 「相互の拘束関係をより強めたい相手」と「拘束関係を結ばずにいつでもその関係を解消できる相手」の区別を明確にする。

「適材適所の実現」という観点からは、組織への貢献方法の軸で分化が進展する。
〈組織成果追求(ゼネラル)群 ― 個人成果追求(スペシャル)群〉
「経営資源を統合し、組織成果の最大化を目指す人材」と「専門能力によって個人成果を最大化する人材」の区別を明確にし、評価や報酬の形態を分けていく。

「企業成果のバランス」という観点からは、現在利益と未来利益という軸で分化が進展する。
〈維持運用(オペレーション)群 ― 価値創造(イノベーション)群〉
 「既存の仕組みを維持運用することで、現在利益に貢献する人材」と「新しい仕組みや価値を創造し、将来利益を探索する人材」の区別を明確にし、評価や報酬の形態を分けていく。

 企業は、事業戦略・商品・技術特性などを考慮に入れつつ、市場での生き残りをかけて、これらの雇用サブシステムから最適なポートフォリオを採択する。 サブシステムの多様化は、個人のキャリア意識を鋭敏にし、志向やキャリアプランに沿って自主的に職業選択行動を起こす自立型個人を多数生み出す。

ポスト職能資格制度

 職能資格制度は、これまで「バインディングモデル」の中核として有効に機能してきたが、現在は環境の変化を受けて、その変革を余儀なくされている。
 その主な要因は以下の3点である。

 第1に、制度の運用が年功的に行われてきたこと。結果として、高い等級に位置づけられている勤続年数の長い人材が、必ずしも現在の環境に適した能力を身につけているとはいえない、という状態を引き起こし、 このことが、企業のコスト体質を悪化させる一要因となっている。

 第2に、資格要件が市場と連動していないこと。つまり、人材を流動化させたい企業にとっても、キャリアデザインを促進したい個人にとっても、職能要件が有効な指標になり得ていない。

 第3に、組織内の機能分化が進展したこと。もはや、職能資格制度という名の能力番付上に全員を一様に位置づけることが難しくなっていること。

 第1の問題に対しては、従来の枠組みを前提として、年功的要素を極力排除しようとする動きがある。飛び級や降格などの措置がこれにあたる。また、新しい枠組みとして職務というステイタスシステムを付加する動きがある。 資格を職務遂行能力による「縦のステイタスシステム」だとすると、職務の難易度や重要度の違いによる「横のステイタスシステム」を導入し、制度疲労を緩和させようとするもの。 そして、もう一つの動きは、継続的に成果を生み出すために必要な職務行動や志向の要件を抽出し、評価や育成に関連させようとするもの。コンピテンシーと呼ばれる概念がこれにあたり、導入を試みる企業が増加しているが、職能資格制度との接続やコンピテンシーの抽出及びその測定方法を巡って、模索中というのが実情である。
 コンピテンシーモデルの導入が諸々の問題解決の救世主になるかどうか、その判断には少し時間を要するだろう。いずれにせよ、各社様々な工夫で職能資格制度の問題点をクリアすべく手当てを施しているのが現状の姿である。
 第2の問題に関しては、コンピテンシーモデルを個別企業内での完結型ではなく、人材の流動化を促進するエンジン役として、社会的なモデルに育て上げる道が考えられる。 ただし、この場合は、社会的な囚人のジレンマ状態を克服する仕掛けが必要であり、これからの研究所のテーマとして仮説作りに時間をかけたい。
 しかし、最も重要なのは、第3の問題への対応である。企業が、複雑化・高度化した環境に適応しようとすれば、個人との関係の結び方を多様化させ、雇用システムの分化、つまりサブシステム化を進展させることになる。 そうなれば、そもそも職能資格制度やそれを代替するような包括的な制度が有効であるかどうかに疑問が生じる。なぜなら、各モデルごとに最適な評価や報酬の形態が模索されるからである。 職務ベースで報酬を支払う方がよいモデルもあれば、技能レベルやその開発状態をベースに報酬を支払う方が適したモデルもあるだろう。
 いずれにせよ、今以上の複雑性が人事管理面において生じることは避けられないが、人的資源による競争優位性を確立しようとするならば、精緻で包括的な制度を模索するよりも、雇用のサブシステム化に対応する多様な仕組みを取り入れていく動きが求められているのではないだろうか。

『Works No.33 日本的雇用システムの未来デザイン』 (1999年4月発行)掲載

 
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